緩和ケア病棟で、医療用麻薬やがん患者に対する自分の偏見に気付く 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(19)
私は病院実習で、緩和ケア病棟の現場を目にする。「百聞は一見に如かず」の通り、私が実習前に抱いていた偏見は現場で見た光景に打ち砕かれることになる。実習を通して、私はイメージの向こう側に目を向けることの大切さに気付いた。

公開日:2026/10/18 02:00
医療用麻薬に対して、私が持っていた偏見
薬学部の実習では、病院と調剤薬局にそれぞれ11週間配属される。
私が最初に配属されたのは、千葉県内の専門病院だった。実習中は患者の薬をカートに配置するほか、輸液の調剤、入院中や退院時の服薬指導もさせてもらった。
病院では主に急性期の患者が多く、多くの患者は1日から数日で退院する。最初は戸惑うことも多かったが、診療科が限られていることもあり、実習にはすぐに慣れた。
ただし1つのフロアだけは例外だった。それは緩和ケア病棟で、がんが進行した患者の痛みや苦しみを和らげるための場所だった。
緩和ケア病棟では、がん患者の痛みに対して医療用麻薬を使用する。医療用麻薬とは、一般的な鎮痛剤が効かないほどの強い痛みに対して、医師が処方する麻薬のことだ。
医療用麻薬には、帳簿の記載や金庫による保管などの厳重な管理が義務付けられている。座学では管理する方法しか習わなかったが、実習では実際の医療用麻薬を目にする機会があった。
麻薬というと、「依存を引き起こす危険な薬物」だと想像する人も多いだろう。実際に海外でも、医療用麻薬の一つであるフェンタニルの乱用が問題になっている。
座学では副作用や管理を中心に学んでいたため、実習を受ける前は私も医療用麻薬に対して漠然と危険な印象を持っていた。
しかし、痛みをコントロールするために医師の管理下で医療用麻薬を使う場合、中毒や依存症にはならないことがわかっている。
適切な使い方であれば、医療用麻薬は患者の痛みを取り除くのに役立つ。がん患者にとって医療用麻薬は、苦痛を和らげながら生きるために必要不可欠なものだった。
服薬指導に立ち会ったり、カルテを見せてもらったりするうちに、私は自分の偏見に気付いた。
私が「医療用麻薬に対する認識が変わった」と伝えると、薬局長は言った。
「患者さんでも、医療用麻薬を使うと必ず依存症になると思っている人がいる。
薬を渡すだけではなくて、患者さんに安心して薬を使ってもらうのも薬剤師の仕事だよ」
薬のリスクを患者に伝えるだけでなく、リスクばかりが注目される薬を、患者が安心して使えるように務めるのも薬剤師の仕事だ。
実習を通して、私は薬剤師という職業の意義を感じた。
緩和ケア病棟で、答えのない問いに出会う
緩和ケア病棟では、がん患者とも接する機会があった。
病棟では入院してすぐに亡くなってしまう患者もいたが、長期的に体調が安定している人もいた。
「あなたが薬剤師になるころに私はもういないと思うけれど、一生懸命勉強して立派な薬剤師になってくださいね」
ある女性患者が、私にそう言ってくれた。まだ何の力にもなれない実習生にまで、温かい言葉をかけてくれる優しさが嬉しかった。
実習前は、私はがん患者と聞くとやせ細ってベッドに横たわる人を思い浮かべていた。しかし一口に緩和ケア病棟のがん患者と言っても、実際にはその姿はさまざまだ。
緩和ケア病棟に入院する患者の中には、驚くような行動をとる人もいた。
進行の早いがんを患っている男性が、病棟を抜け出して喫煙所でタバコを吸っていたのだ。
男性は自分のことを「不良老人」と名乗っていた。医療用麻薬も医師の指示を守らず、自分の使いたいように使っている。
医療従事者という立場から見れば、男性は「困った患者」だろう。カルテにも指導に悪戦苦闘した形跡があった。
薬剤師の立場から見ても、医療用麻薬を医師の指示通りに使ってもらえないのは心配だ。
しかし、患者自身からするとどうだろうか。
男性は「体が動くうちは好き勝手に生きたい」と思っているかもしれない。それが他者に迷惑をかけていない範囲だとすれば、医療従事者にそれを止める権利はあるのだろうか。
疑問に思ったが、どう言葉にすべきかわからなかった。医師にも指導薬剤師にも聞けないまま、時が過ぎた。
男性はほどなくして緩和ケア病棟を退院し、自宅へ帰っていた。
もしかしたら医師も、私と似たような考えを持っていたのだろうか。
実習生という立場のうちに、もっと現場の声を聞いておくべきだったと、私は少し後悔している。
イメージの向こう側に目を向ける
医療用麻薬やがんに限らず、病気や治療には一定のイメージがある。イメージはしばしば、私たちを間違った方向に連れて行ってしまう。
例えば患者が薬を「副作用が不安だ」と思って避けてしまうと、薬を使わないことで病気に苦しむことになるかもしれない。
特定の病気に「〇〇をしたせいだ」というイメージが広まれば、患者は一方的なレッテルに悩むだろう。あるいは正しい原因にたどりつかず、治療が遅れてしまうかもしれない。
イメージが人を苦しめる。それはきっと、依存症も例外ではない。
実際に「アルコール依存症」という言葉を聞いて、酒にだらしない印象を持つ人もいるだろう。何を隠そう、私も子どものころは父に対してそう思っていた。
だが、そのイメージを前提にして父を変えようとしても、何も解決できなかった。
一時的に酒をやめさせても、父はしらふでイライラしてばかりいる。アルコールの量を制限しても、父は守れない。
私は依存症に持っていたイメージから、父に対して間違った方法でアプローチしていた。
父は確かに酒を飲むと人に絡んだり暴言を吐いたりしていたが、しらふのときは黙々と人のために働く人だった。父の中にはきっと、酒でしか発散できない感情があった。
私はむやみに父の酒を止めるのではなく、父がアルコールを求めてしまう背景を想像すべきだった。
人がイメージに振り回されずベストな選択をするには、正しい情報が必要だ。
私はキャリアに悩んだ末、ライターとして医療に関する情報を人に伝える仕事に就いた。
薬がもたらす利益を解説することで、患者が安心して薬を使えるようになれば、薬を避けて病気に苦しむ人は減るかもしれない。
病気について正しい情報を提供すれば、少しでも世の中に広がる偏見を減らせるかもしれない。
薬局や病院以外にも、薬剤師として他者に貢献する方法はある。調剤の現場から離れることへのためらいもあったが、今ではライターという仕事でも薬剤師としての務めを果たせると思っている。
緩和ケア病棟の女性患者からもらった言葉を、ふと思い出す。
「一生懸命勉強して立派な薬剤師になってくださいね」
当時はその言葉に答えられる自信がなかった。そもそも自分が薬剤師になれるかわからなかったのだ。
今の私は、彼女の期待に応えられているだろうか?
また会えるなら、私は胸を張って彼女の前に立ちたい。
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