Addiction Report (アディクションレポート)

適性1%の薬剤師 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(18)

大学4年生になり、進路を考える時期が近づいてきた。薬学科に進学したにもかかわらず、私は一向に薬剤師という仕事に興味を持てないままでいる。どうすれば薬剤師にならずに生きられるか――。間違った問いの、正しい答えを探す旅が始まった。

適性1%の薬剤師 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(18)
大学時代の著者

公開日:2026/09/28 02:00

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連載名

患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~

自称「東京理科大学文学部」

映画をきっかけに、大学に入ってからは遠ざかっていた文学にも再び触れるようになった。大学は息が詰まる場所だったが、授業の合間に図書館や食堂で本を読んでいるといくらか楽になった。

例えばヘルマン・ヘッセの『車輪の下』を読んでいると、自分と主人公のハンスが重なった。

ハンスは周囲の人々からの期待を一心に受けた地元の神童だったが、神学校で挫折を味わい学校を去る。ハンスの最期を読んだとき、親しい友人が死んだかのような喪失感があった。

ヘルマン・ヘッセは神学校に進学しながらも「詩人になりたい、でなければ何にもなりたくない」と言ったという。私は詩人になりたいわけではなかったが、その言葉に親近感がわいた。

自分に近い人間が存在していた痕跡を、文学を通して感じた。

好きなことを追求するのは楽しかったが、興味の向くままに進めば進むほど、薬学部で過ごす現在地とは遠い方向に向かっている気がした。

見渡す限り、薬学部の同期で文学を読んでいる人はあまりいない。ましてや大学の勉強とかけ離れた分野をわざわざ学び直すような物好きは私くらいだった。

どこか自分が、ここにいるべきではない人間のように思われていたたまれなかった。薬学部という場所は、自分のアイデンティティからかけ離れていた。

インターネットは身近に居場所がない人間にとって、誰かと関われる数少ない手段になる。

当時、私はTwitter(現X)のアイコンを太宰治の写真にして、プロフィールに「東京理科大学文学部」と書いていた。もちろん実在しない、私だけが所属する架空の学部だ。

Twitterでは映画や本の感想、酒の写真を中心に投稿した。泥酔したときは「大学を辞めたい」などのネガティブな発言もしていた。

Twitter経由で理工学部の後輩と知り合い、飲みに行くこともあった。

後輩は私の変わった性格を面白がってくれた。性格をあらかじめ知っている分、同期よりも話しやすかった。

生身の自分より、SNSの方がより自分らしく振舞える気がした。

今でもSNSは、似たような価値観の人たちとつながるために活用している。

適性1%……薬剤師になりたくない薬学生

大学4年生になってから、同期の間では実習先や就活、インターンに関する会話が聞こえてくるようになった。

私が在籍する薬学部薬学科は6年制で、5年生に薬局・病院実習がある。5年生から6年生にかけて就活があり、多くの学生は薬局や病院に、一部の学生は製薬企業に就職する。

一般的には薬局や病院、ドラッグストアの就活は6年生になってからでも間に合うが、それ以外の進路を選ぶなら早めに準備が必要になる。

とりあえず就活サイトに登録すると、適職診断というサービスがあった。質問に答えると、さまざまな職業との適性を診断してくれるという。どんな仕事が向いているのか知りたくて、試してみた。

診断結果の一覧を見ると、適性が高い順に職業が並んでいる。上位にはアナウンサーや商社と書かれていた。さすがにアナウンサーは難しいだろうと思いながら「薬剤師」の欄を探してみるが、なかなか現れない。

画面をスクロールすると、一番下にやっと見つかった。

「薬剤師 適性1%」

適性の最低値は1%。つまりどの職業よりも向いていない、という意味だった。

私は薬剤師という仕事に興味がないだけでなく、適性もないのだ。私のような人間が薬剤師になったら、いつか医療事故で患者に危害を加えてしまうかもしれない。

一刻も早く自分の人生を軌道修正しなければ、と危機感を覚えた。

薬剤師という仕事が、医療にとって重要だということは理解していた。

薬剤師は医師の処方した薬を薬学的な観点からチェックして、適切に使用できるよう患者に指導する。患者が治療を安全に受けるために、薬剤師は必要不可欠な仕事だ。

ただ、自分が薬剤師になるとすれば話は別だった。何年生になっても、一向に薬学部の勉強には興味が持てなかった。

何の興味もないことを、果たして私は仕事にできるのだろうか。

道が間違っていると気付いてはいるが、しかしどの道へ進めばいいかわからない。

崖へ一直線に進むトロッコに乗っている気分だった。常にうっすらと焦燥感があり、それを忘れるために酒を飲んでいた。

間違った問いの、正しい答えを探して

「薬剤師なら結婚、出産してもパートで働ける」

「女の子は資格がないとね」

子どものころから母や親戚がずっと言い続けていた言葉だ。確かに薬剤師はブランクがあっても働きやすく、給与水準も高い。女性にとって働きやすい仕事であることは間違いないだろう。

しかし、そこには自分の意思で決めたというプロセスがなかった。

過干渉な親の元に育つと、子どもは主体的に自分の人生と向き合いにくくなる。

いくら薬剤師が素晴らしい職業だとしても、私は親が決めた進路を肯定できなくなっていた。

「どうすれば薬剤師以外の仕事にたどり着けるか」

大学4年生になってからは、常にこの問いの答えを探し続けていた。

私は自分になるために、行き先を自分の意思で選ぶために必死だった。崖へ向かうトロッコのレバーをあちこちに引いて、どうにか崖以外の場所へ辿り着こうとするようなものだ。

そもそも薬に全く興味がないのに、薬学部へ入るべきではなかった。当時の私は、間違った問いの答えを必死に探していた。

私には心のどこかに「薬剤師以外の職業を選びさえすれば、もっと活躍できるに違いない」という思い込みがあった。背景には親のレールから外れたい、そして周りの人を見返したいという気持ちがあった。

人とは違う進路を選び、あっと言わせたい。鬱屈としたコンプレックスが、そこにはあった。

私はあらゆる努力をした。企業へ行くために、エントリーシートに書けそうな研究室を選んだ。適職診断の結果を真に受けて、商社など文系職のインターンシップへ応募した。

しかし結果は失敗ばかりだった。研究室では思うような成果が出ず、薬局実習は再実習になり、インターンシップには落ち続けた。

失敗してからやっと気が付いた。「何にならないか」ではなく「何になれるか」を考えるべきだったのだ。

ライターという職業にたどり着いたのは、卒業してさらに数年後のことだった。

私にとって依存とは、理想と現実の自分の間にある溝を一時的に埋めるための行為だった。

原因から解決するには、薬学部を中退するしかなかっただろう。実際、私のように大学に居場所がない人は、気付けばみな中退していた。かつて仲の良かった友人は医学部へ、後輩は美術系の大学へ進学した。

私はその場に留まったまま、理想と現実の埋まらない溝を日々の依存によって乗り切ろうとしていた。

そう考えると、私はアルコールに依存していたからこそ薬剤師になったのかもしれない。

それが正しかったのか、間違っていたのかは今でもわからない。

中退してより自分の興味に近い生き方を選んでいたら、今ごろ何をしていただろうか?ふとした瞬間に、私はときどき考える。

一つわかるのは、薬剤師にならなければこのエッセイは生まれていなかっただろう、ということだ。

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