「伝え方も、戦い方も、稼ぎ方も、人の守り方も、俺には音楽しかない」 塀の中で自分を見つめた2年間、田中聖が考えたこと
覚せい剤取締法違反で実刑判決が確定し、服役していた元アイドルグループKAT-TUNのミュージシャン、田中聖さんが帰ってきました。刑務所でどんな日々を過ごしていたのか、どんなことを考えていたのか。そして待っていたファンに対する思いは?独占インタビュー前編です。

公開日:2026/09/24 03:00
元アイドルグループKAT-TUNのメンバーで、ミュージシャンの田中聖(こうき)さん(40)が帰ってきた。
覚せい剤取締法違反の罪で実刑判決が確定し、2024年2月に収監。2年8月の刑期を終え、新しいアルバム「KING'S BACK」を引っ提げて、音楽活動を再開する(新曲「KING'S BACK」のMVは24日午後6時よりYouTubeで公開中)。誕生日の11月5日には大宮ソニックシティで復帰ライブ「LIFE 〜encore〜」も開催。オフィシャルサイト・ファンクラブも開設する。
刑務所の中でどんな経験をし、何を考えていたのか。そして活動を再開するにあたって、どんな思いを持っているのか。この間、心を支えてくれていたファンや家族へどんなことを伝えたいのか。
Addiction Reportは田中さんに独占インタビューをした。まずは前編をお届けする。
2年で外に出て
——おかえりなさい。復活、おめでとうございます。
ありがとうございます。
——刑期は2年8月だったわけですが、短い期間で仮釈放されたのですね。
僕が知っている人の中では最短でした。2月25日に出てきましたから、約2年いたことになりますね。
——刑期満了が9月23日で、音楽活動を24日から再開するのですね。
そうですね。新しいアルバムを作り、その中から3曲、24、25、26日にMV(ミュージックビデオ)を出していきます。
長野刑務所に振り分けられ
——楽しみですね。まずはみなさん刑務所でどんな経験をしたのか聞きたいと思うので教えてください。2024年2月15日に収監されてから、どんなことをなさっていたのですか?
まず一ヶ月ぐらいどこの刑務所に振り分けられるかを待つ期間があって、その間は千葉刑務所にいました。そして一カ月後ぐらいに長野刑務所に振り分けられました。長野に着いてからは2週間ぐらい「訓練」という期間があるので、その時は4人部屋に入っていましたね。
——「訓練」とは何をするのですか?
喉がちぎれるぐらい大声で返事させられたり、行進もさせられたり。所内生活の基本、のような講義もありました。
——全然外の世界と違うと思うのですが、戸惑われました?
でも郷に入れば郷に従え、ですからね。やるしかないと思いましたね。「希望に添えるかはわからないけれど、どこの刑務所に行きたいか」と聞かれるのですが、きつくてもいいから早く出られるところにしてくれと言っていました。だからきついのは前提で身構えていました。

——長野刑務所に入って、懲役的な仕事をするわけですね。
もちろんです。経理工場と生産工場が遭って、経理工場は優秀な人とか刑務官からの評価がいい人が行ける場所なんです。内装とか炊事とか洗濯をやるところです。受刑者に直接、間接的に関わる仕事をするのが経理工場です。
最初は経理工場の中の図書工場で働きました。本は差し入れもあるし、中で購入もできるので、そうした書籍を整理したり、検閲に引っかかるものを分けたり、パソコンにデータを入力したりすることを1年弱ぐらいやっていました。
そのあとは生産工場に行って、ミシンをやっていました。
——ミシンは使ったことがあるのですか?
家庭用ミシンぐらいならあります。私服をリメイクするのに使ったことはあったので。結構しっかり仕事をして刑務官が気に入ってくれていたので、刑務所から出た後も役立つような仕事に振り分けてくれたんですね。その工場で3ヶ月ぐらい働いた後は、ずっと班長を務めていました。
——短期間で班長になるのは珍しいのですかね?
10年いてもなれない人はなれないようです。1工場40人いて4班あって、班長は4人いました。
——ということは10人のリーダーですね。
そうです。「立役」と呼ばれるのですが、作業指導などをやっていると評価もいいので、外に出られるのも早くなるし、いわゆる「お給料」も高くなる。そういう役割を果たしていましたね。
塀の中でも頼られる存在に
——中では最初から田中聖さんであることはみんなにバレバレなんですか?
そうですね。それはもうしょうがないです。
——何か声はかけられました?
しょっちゅうありました。
——どんなことを言われるのですか?
「めっちゃ好きです」みたいな、ほとんどそんな感じです。基本的にはあまり人間関係で困りはしませんでした。生産工場にいた時も、何か相談事が集まってくる感じでした。「他の班のあいつにこんなこと言われたんですよ」とか、「こんな問題があるんですけど、どうしたらいいですかね?」という感じです。
「わかった。じゃあ俺から言っとくよ。お前、喧嘩になって懲罰とかになったらバカみたいだから、ちょっと俺から言っとくから」と仲裁することもよくありました。

——どこでも頼れるアニキ役ですね。逆に芸能人だからといって腹が立つようなことは言われませんでしたか?
全然なかったですね。生産工場に移ってからは一人部屋だったので、しゃべる機会も減るんですよね。プライバシーも確保できた代わりに、暇な時間がめっちゃ増える。部屋の中でしゃべる人もいないし。例えば共同部屋だとオセロをやったり将棋をやったりできるし、しゃべることもできるし、本当はいけないのですが、本を交換することもできる。でも一人部屋だとそれが一切ないんです。
だから休みの日は免業日と言いますが、ただひたすら一日中部屋に監禁される状況になるんです。4畳の部屋でした。
——ご飯は他の人と一緒に食べられないんですか?
食べないですね。昼は工場で食べますけど。
——その時はみんなでしゃべることはできないんですか?
基本的に休憩時間以外、私語はダメです。休憩時間だけしゃべることはできました。席の移動などはできないですけど。
——なるほど。今までとは全然違う世界ですね。ジャニーズも上下関係は厳しそうですが、刑務所でのそういう規律はキツくなかったですか?
もちろんきついですけれども、中にいちゃえばそれこそ「郷に入れば」なので。すごく厳しい学校みたいなものでしたね。
——今も番号で呼ばれるものなのですか?
番号で呼ばれることはなくなりました。最初は違ったのですが、名古屋で刑務官から受刑者への暴行が問題になったり、長野刑務所でも俺が入る二ヶ月前に凍死した人がいたりして。
——そんなに寒かったんですか?
暖房も冷房もつかないので。もう外よりも寒いですね。入ったのが3月で寒い時期でしたしね。
まあそういう人権侵害の問題が相次いだこともあって、途中から番号ではなく、名前にさん付けで呼ばなければいけないとか新しいルールが義務付けられたようです。
でも俺からすると、そこじゃないけどな、という感じでした。番号で呼ばれたからと言って人権がないとも思わない。痒いところに手が届いていない気はしていますね。
外の世界から取り残されるキツさ
——最もきつかったのはどんなことでした?
全部きついっちゃきついです。刑務所にいる間は夜空も見たことがなかったですしね。
——外は見ることができないんですね。外で運動はできなかったんですか?
できますけど、昼過ぎからなので、夕方5時ぐらいにはもう部屋に帰るんです。あとはご飯も美味しいわけじゃない。飽きてしまうし。テレビはニュースを見ることができて、新聞も読めるのですけれども、それ以外は外のことが何もわからない。取り残されちゃっている感のキツさはあるかもしれないですね。
——面会はできるんですよね?
月何回と決まってます。家族だけですね。そこで少し外の様子を知ったりはできました。
——取り残されているというのは何に取り残されている感じがしていたのですか?
外の世界からですね。結局中では時間が動いていないので。

——音楽も自由に聞けないのですか?
音楽は聞けないです。
——それはキツかったですか?
いや、俺自身そんなにしょっちゅう聞いていたわけじゃないですし。ただ、刑務所内でランクづけがあって、5類から始まって、4類、3類、2類、1類とランクが上がるにつれ、できることも増えていくんです。3類になると月1回、みんなが見られない時間にやっているテレビ番組を見ながら、お菓子とジュースを楽しめる。2類になるとそれが月2回できる。そして1類になると、モスバーガーが食べられる上に、普段音楽も聞ける。CDウォークマンのようなものを渡されるんです。僕は3類までで終わってしまいました。2年ごときじゃ上がっても3類までですね。
3類、2類、1類とランクが上がるにつれ、月に出せる手紙の量も増えるし、面会の回数も増える。
いい子にしていればちゃんとご褒美がある。だから俺の中では、この世で一番平等といえば平等な場所なのかなという気はしていました。ここまでの人生がどんなにエリートだろうが、ホームレスだろうが、ちゃんとやっていれば認められて上がっていく。ちゃんとできなければそこで止まったまま。ある意味一番平等な世界でした。
——むしろ外の世界の方がどれだけ頑張っても報われないことが多いですよね。
そんな気がしますね。頑張れば頑張った分だけご褒美があるという意味では、塀の中の方がマシなのかなという気がしなくもないです。
運動の時間は筋トレやランニング
——逆に楽しみはなんだったのですか?
運動の時間だけです。1日1回30分、グラウンドがあって、雨だったら体育館です。
——30分間、何をやっていたんですか?
その辺を走ったり、筋トレをやったりですね。
——やはり中にいると痩せていっちゃうものなのですか?
まず飯も少ないし、栄養も最低限しか摂れないので、いくらやっても筋肉にはならない。毎日基本的に部屋から工場に行って、風呂がある日は工場から風呂に行って部屋に帰るだけなので。人ともほとんど喋れない状況ですから、30分、外の空気を浴びながら自由にできるのはなかなか貴重な時間です。
——そこで人と話したりはできないのですか?
できますけど、筋トレをやっているので。腕立て伏せをしたり、スクワットしたり、30分走っていたり、日によって変えていましたね。
——なんだが非常にストイックですね。
どうなんですかね。結局、学校と一緒で、カースト上位の人はめちゃくちゃ筋トレしている人だったりします。
——カーストというのは、社会的な地位が高いという意味ですか?
工場内カーストです。
——工場内カーストが高いと筋トレするものなんですか?
まあそういう時間にダラダラ将棋を打っているだけのやつに、たぶん誰もついていこうとしないと思います。
——やはりそういうふうに自分を律することができるタイプの人が、人の上に立てるということですかね。
そうなんですかね。
——先ほど「好きでした」と言われたということでしたが、中にファンの方もいたのですか?
まあそういうことも言われましたけど、一人、15年ぐらい前の雑誌での俺のコメントを覚えていたやつもいたんで、ガチファンはそれぐらいですかね。あとは同性愛者はいるので、誘われるわけではないですが、そういう告白はされていましたね。中で目覚めてしまう人もいましたしね。
——そういう告白にはどう答えたんですか?
「ありがとう」って言ってます。
——さすがアイドルですね。やはり好かれるのは嬉しいですか?
何事にしても嫌われるよりは好かれた方がいいですよね。
——昔風に言うと、刑務所の主みたいな、威張っている人はいないものなんですか?
いなかったですね。工場にもよると思うんですね。結局、長くいる人がその工場で一番偉い人になるんですが、長くいるということは社会的に凶悪なことをして入っているわけで。凶悪犯であればあるほど中では偉いというのも、俺の中では矛盾しているような気がしました。でも長くいる人が工場のことをわかっているのは当たり前っちゃ当たり前ですね。それこそ炊事担当はめちゃくちゃ上下が厳しいと言いますね。めちゃくちゃ働いている時間が長いので。
殺人犯や詐欺師まで これまで知り合えなかった人に出会い
——薬物事犯だと、中で薬物のことを聞かれたり、出たら売ってやるよと囁かれて新たなコネクションができるという話もよく聞くのですが、そういう誘いなどはなかったですか?
結局、俺は聞かれる前からニュースになっているのでみんな知っているんですね。逆にニュースにならない人が99.9%なので、だから逆に俺の方が逆に「何してここ来たの?」と聞いていました。

——どんな人がいたんですか?
それはもう何度も報道で見た殺人犯もいましたし、大規模詐欺から、闇バイトのかけ子(特殊詐欺で電話をかけるだまし役)をやって捕まった大学生がいたし、掛けが溜まってお客さんの女の子を殴ってお金を持っていったホストとか、本当にいろんな人がいましたね。
——そういうふうに今まで知り合わなかった人に知り合えて、どんな気持ちでした?
めちゃくちゃ細かく話を聞きました。殺人犯なんて、たぶんこの先の人生で出会うことなんてないので、どういう理由でどういう相手をどうやって殺したのか細かく聞いたりしましたね。
——記者みたいですね。
そうですね。反省しているとか、後悔しているという話もしていました。もう一回人生をやり直せるとして、今の記憶があったまま同じ状況になったら同じことする?って聞いたりね。結構、性犯罪者も多いので。
——人の犯罪を細かく聞くことで何を得ようとしていたのでしょうね?
単純に興味がありましたし、そういう人たちの心理状況を知れる機会もないですし、なんでも経験は財産になると思いますしね。でも人を殺めている人は、絶対超えてはいけない一線を超えているわけで、やはりみんなどこかバグって(狂って)いますね。感覚が。「それだったら勢い余ってやるかもしれないな」と共感することもまったくなかったですね。
読書は2年で600冊、歌詞も書いて
——ひとりでいる時間が長かったということですが、何をしていましたか?
本を読んでいましたね。ライトノベルから株の本も読んだし、スティーブン・キングが好きです。元々本を読むのは好きなので、たぶん2年で600冊ぐらい読みました。免業日は1冊ぐらい読めちゃいますし。
——日記もつけていらしたんですか?
日記もつけましたし、歌詞も書いていました。出る2ヶ月前からは、出たら食べたいもの、グルメ番組を見て行きたい場所を全部メモしたりしてましたね。それまでは料理番組やグルメ番組は見られなかったですよ。しんどいだけなので。
——中にいる時は何が食べたかったですか?
もう何が食べたいもなかったです。全部食べたい。
——クリスマスとかお正月とか、特別な料理は出なかったですか?
クリスマスはコンビニで売っているような200円ぐらいのロールケーキみたいなものが出てきて、正月三が日は休みで、大きいお菓子が2〜3個出て、三が日の終わりまでに食えばいいよと言われたりしました。大晦日の夕飯の後にカップそばが配られて、お湯も入れてもらえてましたね。元旦は折詰弁当が出ます。三が日はほとんど動かないのでみんな太りましたね。俺はもう胃が受け付けないので量が食べられなかったですけれども。
——歌詞を書いていたとのことですが、中にいると書く内容も変わるものなのですか?
どうですかね。今までみたいな歌詞も書きつつ、中にいるからこそ書ける歌詞も書きつつですね。
自分には音楽しかない
——中にいて、自分についてはどんなことを考えていましたか?
ひたすらニュースばかり見て、音楽番組も見られなかったので、置いていかれるような感じがしてしんどかったです。でも結局自分に何があるかと言えば、今年41歳になるんですけれども、音楽は28年間やっているので、人生の4分の3は音楽しかやっていない。自分にはそれしかない状況です。伝え方も、戦い方も、稼ぎ方も、人の守り方も、これしか知らないので。裁判中ももう音楽をやめたいと親に言っていたんですけど、でもやっぱり気づいたら歌詞を書いてる自分がいる。

——音楽から引き離されて、改めて自分には音楽が必要なんだなと気づいた感じですか。
音楽って自分にとってどういうものなのかと聞かれると、仕事でもあるし、趣味でもあるんですけれど、夢とか音楽を通してどうなっていきたいというものでもある。本当に人生の4分の3やっていると、もう息をしているのと同じなんですね。気づいたら音楽のことを考えていますね。
——刑務所にいなければ書けなかった歌詞とは、例えばどういうものなのですか?
最近作った曲の歌詞では、「独居房から国境を超えて」みたいな歌詞もそうですし、「タワマンからボロアパート、ボロアパートから牢獄、牢獄からもう一度あの光の中へ」みたいな歌詞もそうです。
——その中で自分の気持ちも変わりましたか?
うーん、どうなんですかね?やっぱり家族とかファンに対しては、より一層、自分の中で感じる部分が重く、大事になりました。
刑務官にも受刑者にも、取り調べの時に警察にも言われていたのは、「薬物は被害者がいないから」という言葉だったんですよね。そんなふうに被害者がいないからまあ別に、と言われがちな犯罪ではあるのですが、俺の中では家族やファンや大事な人を巻き込むえげつない犯罪だという気もしていて。
どんな犯罪でもそうなんですけど、「ああ、あの薬物で捕まった人の家族ね」と言われてしまうし、俺と仕事をすれば「あいつに協力するのか」と言われてしまう人もいると思います。俺の中で一番大事な、俺を応援してくれるファンも「でもあいつ薬物で捕まったんでしょ」と言われると思う。そうすると、一番大事な人を被害者にしている犯罪だと思います。それを改めて感じた時間でしたね。
世間が色々いうのは当たり前だし、それは背負っていかなければいけないと思っています。必要以上の誹謗中傷もいまだにありますけれど、それも含めて背負っていかなければならない。
刑期としての償いは、9月23日に終わりますが、死ぬまで背負っていかなければいけないものではあるなと自分の中で改めて思うようになりました。いい意味で自分のやったことを自分の中にきちんと落とし込めている気はします。
——田中さんが刑務所に入っている間、前のインタビュー記事や、YouTubeにアップした曲にファンからたくさんのコメントがついていました。誹謗中傷が来たら削除するつもりではいたのですが、驚くほど好意的な応援メッセージばかりでした。読まれました?
そうですね。ありがたいですね。支援者の田中紀子さんからコピーして送っていただきました。
——それを読んでどう思いましたか?
もうシンプルに嬉しかったし、泣いて読んでたし。でも刑務所を出たらどうなるんだろうという不安も同じぐらいありました。
ただ、俺の犯した薬物の犯罪は、結局時間も説得力になります。今は出てきて半年ぐらいなので「どうせこいつまたすぐ捕まるよ」と言われるのは当たり前です。
でもこれがたとえば高知東生さんみたいに10年クリーンでいたり、それを20年、30年と積み重ねていったりすれば、その時間が説得力になる。どれだけ長くクリーンでいても叩く人はいるので、死ぬ時に「ほら、クリーンだったでしょ?」と言えればいい。俺が一度も薬物と関わったことがなかったら、捕まっている人を見たら自分も「こいつ絶対捕まるぞ」と絶対思っていたはずなので、それも含めて受け止められるようにはなったかもしれないですね。
(続く)
【田中聖(たなか・こうき)】ミュージシャン
1985年、千葉県柏市出身。12歳からジャニーズ事務所に所属し、アイドルグループ「KAT-TUN」のメンバーの一人として活動。2013年9月、「度重なるルール違反」を理由にジャニーズとの契約を解除された。その後もバンド「INKT」のメンバーとして活動を続けたが、2017年大麻取締法での逮捕(不起訴)をきっかけに活動を休止。その後、2022年2月、同年9月、覚醒剤取締法違反で逮捕。最高裁で上告が棄却され実刑判決が確定した。この間も音楽活動を続けており、収監前に再起を誓う「Love Yourself Again」をレコーディングした。2024年2月15日に収監され、今年9月23日に刑期満了。24日に新しいアルバムを引っ提げて、音楽活動を再開した。
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コメント
聖くん、おかえりなさい!
アイドル時代もあり、バンド時代もあり、これからは新しい形での音楽に関わるリ・スタートを応援しています!アクセサリーとかコラボグッズ作りたいなぁ~
アディクション・レポートで田中さんの事を知りました。
アイドルのキラキラと正反対の
なんでも自分で頑張って苦しくなってしまう
タイプの方なんだなぁと思いました。
前回自分だけで抱えて苦しくなった部分
今後はどう工夫されているのかも知りたいです。
田中聖さん、おかえりなさい!
収監前のインタビューで、聖さんの曲で音楽が好きだったことを思い出したと書いた者です。
おかげさまでギャンブル依存症問題を考える会コーラス部で歌う喜びを感じながら活動しています。
本当にありがとうございます!
いろんな人を、行く先々で助けてしまう聖さんの姿が記事から伝わってきました。続きも楽しみです。
田中さん、お帰りなさい!
今後の音楽活動、とても楽しみにしています。
刑務所の経験を経て、自分にはやっぱり音楽だという結論に辿り着いたことに凄いなと感動しました。殺人を犯した人や性犯罪をした人の話を細かく聞いたという部分も、全てが経験だと考えている真摯さを感じました。被害者がいない罪だと言われることへの違和感を真っ直ぐ受け止める姿はとてもかっこいいと思いました。帰ってきてくれて嬉しいです。これからも応援しています。
聖さん!!おかえりなさい!!!
記事を読みながら聖さんの歌声も聴きたくなりました。
カッコつけなしで知らなかった世界を教えてくれた仲間。ミシンの場面も意外で『器用な人なんだね…』と思ったり。これからの聖さんが楽しみ!
