全てから逃げたくて旅に出た 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(14)
アルバイトも辞め、空白の時間に戸惑う私。ふとしたきっかけで、私はリュック1つを抱えて青春18きっぷで京都、広島を旅する。酒を手放せるようにはならなかったが、旅は私が孤独を肯定するきっかけとなった。

公開日:2026/07/24 02:00
孤独から逃げるために旅をした
塾のアルバイトを辞め、大学の春休みに入ってからは何の予定もなくなった。
一人で家にいるのも手持ち無沙汰だが、かといってせっかくできた時間を酒だけ飲んで潰すのはもったいない。突然できた空白の時間を、私は持て余していた。
帰省はしたくない。大学に入ってから何度か帰省したが、そのころには何かと理由をつけて実家には近寄らなくなった。酔った父から「お前は医学部に入ると思っていたのに」と恨み言を聞かされるのが嫌だった。
高校時代から付き合っていた彼も、アルバイトとサークルで忙しい様子だった。彼はジャグリングサークルに入り、暇さえあれば練習をしていた。大学で自分の好きなものを見つけた彼を、私が邪魔をしてはいけないような気がした。彼に対する好意は変わらなかったが、一方で彼に迷惑をかけたくなかった。
しらふの間は、世界のどこにも自分の居場所がないような気がした。
ふと、旅に出ようと思い立った。大学の同期が以前に東北を旅しており、私はその様子をSNSで見かけていた。
アルバイトも大学の授業もないなら、アパートにいる意味もない。酒は旅先でも飲める。
冬期講習で毎日のように授業をしていたので、口座にはまとまった金があった。
――いっそ旅にでも出てしまった方が、気が紛れるかもしれない。
ある3月の朝5時、リュックに文庫本を何冊か詰めてアパートを出た。
千葉県から半日かけて、まずは京都へ向かった。
道中、東海道線で静岡を横断する。ふと文庫本から目を上げると、電車から真っ青な水平線が見えた。アパートから電車に数時間乗るだけで、海が見えることに驚いた。
京都へ着くころには、すっかり暗くなっていた。京都では、カフェの常連仲間が紹介してくれた八坂の宿に泊まった。
旅先でも酒を飲んでいたが、彼にメールや電話で絡んだり気持ちが落ち込んだりする前に満足してしまい、ほろ酔い程度で切り上げた。
普段は一人で飲んでいると、孤独感にさいなまれて深酒をしてしまう。旅先でも一人であることには変わりないのに、不思議とそれほど酒を求めなかった。
旅の孤独は心地がよかった
宿で女将に「青春18きっぷを使って一人で京都まで来た」と伝えると、女将は驚いてこう呟いた。
「贅沢どすなあ」
贅沢?学生の貧乏旅行だと思っていたが、どうして贅沢なのだろうか?
当時は首をひねっていたが、今ならわかる。在来線で半日もかけて旅をするのは、体力と時間が十分になければ難しい。
現実逃避のためではあったが、女将の言う通り当時しかできない経験だった。
京都では金閣寺や伏見稲荷を見に行き、次いで広島へ向かった。
広島で厳島神社を観光していると、不意に着信があった。家庭教師の生徒からだった。彼女は高校受験生で、後期試験の結果を待っているところだった。
「受かったよ!!」
電話から聞こえてくる声は弾んでいた。ずっと憧れの高校で、吹奏楽がしたいと言っていた。
先生ありがとう、という声を聞きながら、私は涙ぐんでいた。アルバイトをしていたことは、決して間違いではなかった。
医学部に行けなくても、酒を飲んでめちゃくちゃな生活を送っていても、生徒の役には立っていたのだ。生徒の力になれたことが純粋に嬉しかった。
帰りは寝台列車・サンライズ出雲に乗った。広島から一度岡山まで行き、岡山駅からサンライズ出雲に乗って東京駅へ向かう。
列車の中には個室があり、荷物を置いて体を横たえるには十分な広さがある。旅の疲れもあり、その晩は酒を飲まずに過ごすことにした。
暗闇の中を列車が走る。乗ってからしばらくは周囲から物音が聞こえたが、夜更けには列車が走る音のほかは何も聞こえなくなった。
まるで世界で一人きりになったような感覚の中で、ベッドに体を横たえる。
旅の間はほとんど一人で過ごしていたのに、アパートで過ごしているよりも孤独を感じなかった。むしろ見知らぬ土地を一人で過ごす時間が心地よいとまで感じた。この違いは何だろう。
うとうとしながら考えを巡らせていると、気付いたら夜が明けていた。ロールスクリーンを開けると、車窓いっぱいに朝日が輝いていた。
東京駅に着くと、親子がこちらに向かって手を振っていた。サンライズ出雲を見るために朝からホームに立っていたのだろうか。
あの旅から10年以上の月日が経っているが、静岡の海やサンライズ出雲から見た朝日、ホームで手を振る親子の姿は今でも記憶に残っている。
それは単に美しいからではなく、自分で決めた道の先に得たものだからかもしれない。
心地よい孤独の中を生きたい
何かに依存するのは、その人なりの理由がある。不器用な父は酒を使って、自分を認めてほしい気持ちを家族にぶつけていたように思う。
父のアルコール依存は今でも続いているが、犬の世話や震災後の家族との暮らしによって、父が一時的に酒から遠ざかる時期があった。
旅から帰ってからの私も酒をやめたわけではない。飲み歩きは大学を卒業し、社会人になってからも続けた。しかし旅に出ている間だけは、それほど酒を飲まなくなった。
私はなぜ、旅の間だけは酒を求めなくなったのだろうか。
最初は単にさみしさを忘れるためだと思っていた。もちろんそれも間違いではないが、旅の間は一人で過ごしていても孤独を苦痛に感じなかった。
私が酒を飲んでいたのは、孤独以上に「自分の人生を生きていない」という感覚から目をそらすためだったのではないか。
父に怯えて勉強を続け、母の決めた学部に進学した。自分が選んだわけではない場所で、興味のない勉強を6年間も続けなければいけない。自分で決めたものは恋人だけだ。
旅の間は、自分ひとりの意思で全てを決める必要がある。どのような方法でどこへ行き、何をするのか。誰かに決めてもらうより手間はかかるが、自由を実感できた。
現実逃避のために始めた旅の中で、私は自分の決めた人生を歩みたいと思った。
今回の一人旅のように、自分で決めた道なら孤独であっても構わない。
酒に依存しながらでも、自分が好きなものを見つけたい。将来は自分の意思で、もっと自分の興味が持てる仕事を選びたい。
旅は酒への依存を根本的に解決する手段にはならなかったが、自分の生き方を振り返るきっかけになった。この旅が終わってからも、私は何度も旅に出た。
旅の中で、私は心地よい孤独があることを知った。
アルバイト、酒、旅……私は大学に入ってから、自分が夢中になれるものを追い求めていた。親ではなく、自分の意思で生きようと必死だった。
だから気付かなかった。母もまた心の空白に苦しみ、自己啓発やスピリチュアル系のセミナーに足しげく通っていることを。
私がSNSを通して母の変化に気付いたとき、母はすでに数百万の金をセミナーにつぎ込んでいた。
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