年末年始の生きづらさ、どうすれば?
年越しやお正月に、街はにぎわう。筆者にとっての年末は、アルコール依存症の父が最も激しく暴れる時期だった。華やかな空気の裏で、かつての私のように孤独に苦しむ人もいるかもしれない。年末年始、少しでも心穏やかに過ごす方法を考える。

公開日:2025/12/29 02:00
年末が嫌いだった
年末年始には、あまりいい思い出がない。アルコール依存症の父が、一年で最も酒を飲む日だからだ。
実家に住んでいたころ、父の実家で親戚と共に年の瀬を過ごすことになっていた。
父の実家は海の近くにあり、食卓には新鮮な刺身が並ぶ。父や親戚はテーブルを囲むと、刺身をつまみに日本酒をあおる。
実家にいると気が大きくなるのか、年末ではしゃいでいるのか、父は普段以上に酒を飲んでしまう。とめようとしても父は「年末だから」と聞く耳を持たない。
酔いが回ると、年末の歌番組を観ながら外にも聞こえるほどの大声で歌い始める。
芸能人を出身大学の名前で呼び、親戚の学歴を馬鹿にする。呂律の回らない口で、私やいとこを怒鳴る。
酔いつぶれて眠ったかと思ったら、寝ながら床に嘔吐していたこともあった。
父の後始末をするのは、いつも母だ。親戚が父を笑う声を背に、母は父の吐瀉物を片づけていた。
母の小さく丸まった背中を見ていると胸が痛む。父が恥ずかしく、母が哀れで、私は年末を疎ましく思った。
年が明ければ、親戚からお年玉をもらえる。食卓では普段口にできないジュースやお刺身、お雑煮が並ぶ。
どれほどの恩恵を受けても、私の気は晴れなかった。
家族と過ごしていても、一人でみじめな思いを持て余していた。
穏やかに過ごせた、受験前の年末
年末に家族で集まる習慣は、父方の祖父が決めた約束から始まった。
「家族だから、年末くらいはみんなで過ごそうや」
父はその言葉を忠実に守り、それまで毎年家族を連れて帰省していた。
祖父の思いも大事にしたかったが、私にとってその約束は苦痛でしかなかった。
家族だから、いくら居心地が悪くても一緒にいなければならない。
「家族」という言葉が、私には重たい鎖のように感じられた。
高校受験を控えた冬、私と母は父の実家へ行かなかった。受験勉強に専念するため、年末に集まるという祖父の約束が免除されたのだった。
祖父に申し訳ない気持ちもあったが、それ以上に私はほっとしていた。
「家族と離れられて嬉しいなんて、私は薄情だろうか?」
そう思ったが、喜んでいたのは私だけではなかった。父から離れて年末を過ごせると決まってから、母の表情も穏やかになっていた。
「お父さんがいないから、ちょっと贅沢しちゃおうか」
母がビジネスホテルに泊まろうと言い出した。お金に厳しい父には内緒で、母とツインの部屋に泊まった。
静かなホテルで母と過ごす年末。窓の外ではしんしんと雪が降っている。
母は「年末だから特別ね」と私の好きなチョコパイをファミリーパックで買ってくれた。
母は本を読み、私は問題集を広げる。お年玉もごちそうもないが、それよりも母が買ってくれたチョコパイが嬉しかった。
ビジネスホテルとはいえ、過ごし方はいつもと変わらない。それでも穏やかに過ごせることにほっとした。
受験のプレッシャーはあったが、その年末は温かい記憶として心に残っている。
年末は家族から逃げ続けていた
高校生のときに祖父は亡くなり、家族で集まる約束は以前ほど強い効力を持たなくなった。
大学進学を機に一人暮らしを始めてからは、年末が来ると家族から逃げるようにアルバイトや仕事へ打ち込んだ。
大学生になってから、塾講師と家庭教師のアルバイトを始めた。アルバイトを理由に、帰省はしなかった。
私は受験生を担当していたので、年末の華やかなムードから離れて受験対策の授業に打ち込んだ。
授業やその予習に追われて、気づけば新年を迎えていた。塾のデスクに置かれた鏡餅のほかに、年末年始らしいことは何もない。
「帰っておいで」という母からの電話に胸が痛んだが、私は家族よりアルバイトを選んだ。父から何件も不在着信が入っていたが、無視した。
大学卒業後、今度はドラッグストアに薬剤師として就職する。
ドラッグストアは12月が繁忙期だ。店舗によっては年末年始にもシフトが入る。
ある年は1月から異動になった。元旦の朝からガラガラの電車に乗って店舗に向かった。正月飾りが並ぶ街並みを、早足で通り抜けた。
異動前の引き継ぎや新しい店舗の仕事に必死で、年末年始を一人で過ごすさみしさは忘れてしまった。
年末らしいことを一切せずに一人で年越しを迎え、元旦のドラッグストアで勤怠を打つ。家族と過ごすより、店でレジを打つ方が居心地がよかった。
「仕事だから帰省できない」と言い続けて、社会人になってからも家族と会わないようにした。
罪悪感はあったが、家族と過ごすより働いていた方が気楽だった。
家族から見たら、私は薄情な娘だったかもしれない。それでも私は、泥酔した父や父の後始末をする母、父を笑う親戚から逃げたかった。
年末、どこかに一息つける場所を
年末は孤独が深まりやすい時期でもある。
年の暮れが近づくにつれ、街はにぎわう。家族や恋人と団らんの一時を過ごす人も多い。
一方でかつての私のように家庭に居場所がない人や、家族から離れて一人で過ごす人もいる。普段は時間を潰せるような場所も、年末年始は閉まっている。
年末は忘年会や新年会など、飲酒する機会も増える。父のように、依存症が悪化する人もいるかもしれない。依存症の当事者やその家族にとっても、年末はつらい時期になりうる。
必ずしも、年末年始を世間のムードに合わせて過ごす必要はない。
年末の空気が苦手な人は、あえていつも通りの時間を意識してみてはどうだろう。家族と一緒に過ごすのが辛ければ、距離を置いたっていい。
たとえば仕事や勉強に打ち込むのも手だ。塾講師のアルバイトやドラッグストアの仕事は大変ではあったが、年末の息苦しさを感じさせない充実感があった。
最近は同じ場所にいなくても、ネットを通して人とつながることもできる。離れた場所にいる友人と一緒にゲームをしてもいい。
ゆるいつながりは、気軽に孤独を和らげてくれる。家族とずっと一緒にいるより、心地いい距離感で過ごせるかもしれない。
多くの店が休業する中、年末年始の居場所を提供しているお店もある。
東京都・分倍河原にあるマルジナリア書店は、あえて三が日も休まず営業している。

本棚には、小林さんの選りすぐりの本が並ぶ。人文系の書籍が目立つが、絵本やZINEも幅広く取り揃えている。
奥にはカフェスペースがあり、本と一緒に飲み物や軽食を楽しめる。天気が良ければ、店の窓からは富士山が見える日もある。
店主の小林えみさんは、年末年始もいつも通りの時間を過ごしたい人のために店を開けているという。
かつての私のように、年末年始に息苦しさを感じる人に向けて、小林さんはこう語る。
「居心地の悪さ、実際に居場所に困っている、金銭的に困っている、
年末年始という『特別な期間』になることで過ごしにくいことが人それぞれあると思います。
無理をせずに生きていけるよう、さまざまなサポートの場所や機関もあるので、遠慮せずに頼ってください」
年末をどう過ごすか迷っている方は、マルジナリア書店のような場所へ足を運ぶのも手だ。
依存症の自助グループにも、年末年始にミーティングを開催しているところがある。中には初詣などのイベント企画も見られた。
「ギャンブル依存症問題を考える会」は、12月27日から1月4日まで毎日Zoomミーティングを開催する。ミーティングには、ギャンブルに悩みを抱えている当事者であれば参加できる。
年末年始で医療機関や相談先が休業してしまう中、一息つける場所を見つけたい。
もちろん家族や節目を大事にするのも立派な過ごし方だ。
しかし、家族や世間のムードにとらわれて自分を犠牲にする必要はない。
年の瀬に居場所がない人へ、私はこう言いたい。
年末くらい、自分が自分でいられる場所で過ごそう。
孤独には苦しみもあるが、自分で選び取った孤独は人を強くする。
コメント
年末年始大嫌いだった。
自分で選択できると知り、実行に移し、そして今は嫌いじゃなくなった。
感謝。
今年初めて、お正月は実家に帰らないという選択をしました。
原家族は苦しいものだけど、捨てきれない思いもあります。
「孤独には苦しみもあるが、自分で選び取った孤独は人を強くする。」
私も強くなりたい、と思いました。
今年の年末年始は自助グループに参加します。
息子が依存症になって家から出て行かなければ、一生息子に頼って生きていたと思います。私は自助グループに通い、自分の人生を生きていかなければならないことを知りました。1人暮らししている今、以前の私には想像できなかった、地に足をつけた生活を送っています。1人は悪くない。
文章を読み終える前から、涙が溢れて来ました。私の原風景と似ています。私も高校卒業と同時に、家族から離れました。
「自分が自分でいられる場所」この言葉はとても素敵です。
年末年始は大嫌いだった。
結婚するまでは親にいろいろ言われた。
結婚したら夫の家のやり方に従わなければとさらに嫌いになった。
息子の問題で自助グループに繋がり、プログラムのおかげで、やっと自分のための年末年始になった。
今は息子たちや孫もいるから、全部自由ということではないが、それでもできる範囲で無理なく過ごせることはとても幸せだと思う。呪縛から放たれたことに感謝してこの年末年始も過ごしたい。
とても素敵なメッセージでした。
しっかり受け取りました。
ありがとうございます!
年末年始だろうが、なんだろうが、どんな時でも、自分らしく過ごすことが大事ですね。
親戚の集まりがどれだけ居心地が悪くても、子どもはそこに居続けるしかない。それがからだに染みついているから、大人になっても親戚や家族の集まりには、参加しなければならない呪縛から抜け出すことが難しい。
なんなんだろう、あの感覚は。
自助グループに通うようになって、初めて自分で選択したらいいんだ、と思えるようになった。それまでも参加しないという選択をしてきたが、罪悪感がいつも付きまとっていた。
50代半ばにして、やっと自由になった。
記事を読みながら、そんな自分の歴史を振り返るよい年末のひとときになった。
このタイミングで、気持ちが楽になる文章をありがとうございます。
自分が過ごしたいように過ごせるお休みがいちばんいいですよね。
本当に感謝です。いろいろな過ごし方があって良い。読ませていただいて安心しました。
