ネットで浮気相手を漁る主婦、エロ動画を配信する主婦。 かりそめの繋がりでいいから、誰かに救って欲しいのよ。「失われた私」を探して(31)
子育てが一段落して不倫に走る妻たち。そんな女性の渇望を、私は断罪することなんてできやしない。だってその孤独が痛いほどわかるから。

公開日:2025/08/05 03:41
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「失われた私」を探して不倫妻たちが抱える孤独地獄。
それは決して他人事なんかじゃない。
浮気をしている主婦たちを取材したことがある。
最近はネットで簡単に相手を探せるから、専業主婦たちにも出会いのチャンスが増えたわね。
不倫は、とても身近なものになった。
私は彼女たちを断罪する気はない。
だって私、彼女たちの孤独がわかるもん。
そりゃ確かに浮気は家族に対する裏切り行為だし、決して褒められたもんじゃないけど、単純に善悪だけで裁きたくないの。
浮気に限らず、どんな行為でもね。
主婦って報われない立場だと、私は母を見ながらずっと思ってた。
どんなに夫や子供に尽くしても、まるで当たり前みたいな顔されて、感謝やねぎらいの言葉すら返ってこない。
他の家のことは知らないけど、少なくとも私の家ではそんな感じだったわ。
母は、すごく孤独だったと思う。
今にして思えば、もっと母に「ありがとう」や「ごめんね」を言ってあげればよかった。
もう遅いけどね。
母は戦前生まれの古いタイプの人間だから、その寂しさや不満を浮気で解消するなんて思いも寄らなかっただろうけど、現代の女たちは違う。
自分の気持ちをはっきりと自覚できるからよ。
子育てが一段落して子供が手を離れると、どっと虚しさが押し寄せて来て、いても立ってもいられなくなるんでしょう。
夫も子供も外で好き勝手やって、まるで私のことなんか眼中にないみたい。
私にはもう価値がないの?
私の存在って何だったの?
これまで夫や子供に注いできた愛を、もう誰も必要としてくれないのなら、じゃあ、私はこれからどこに向かえばいいの?
そんな想いが積もり積もって、彼女たちの心はどんどん曇っていく。
それはきっと、とても重くて苦しい孤独。
そんな時、ネットで知り合った人が優しい言葉をかけてくれたら……そりゃ、ハマるわよ。
性的欲求不満なんかじゃないの。
人間として、女として、誰かに愛され認められ、必要とされたいの。
夫も子供も、それぞれ自分たちのフィールドで承認欲求を満たしてる。
彼女たちだって満たしたいのよ、自分を。
浮気する主婦たちの話を聞いていて、「ああ、これもまたひとつの依存症だな」と感じた。
罪悪感はめちゃくちゃあるけど、やめられない。
求められる快感を味わってしまったら、もうそれなしでは生きていけなくなるんだ。
欠けた月のような心を抱えてネットを彷徨い、「もっと、もっと!もっと私を満たして!誰かお願い!」と渇望してしまう。
そんな自分が嫌だけど、心の叫びには逆らえない。
ああ、気持ちわかるよ!
あなたはもう、以前の自分には戻れないんでしょ?
でも、その恋は破滅のリスクと背中合わせ。
夫や子供にバレたら、あなたの世界は崩壊する。
だから、ますます心がヒリヒリして、抱かれた時の陶酔感が高まるのよ。
ほら、前にも言った遊園地の絶叫マシーンと一緒。
怖くて怖くてたまらないのに、乗ってしまう。
だって、その恐怖が引き金となって、脳内麻薬がドバドバ出ちゃうから。
その快感に全身が満たされて、ひととき、あなたは天国を見る。
それは、失ったものを取り戻したような嬉しさと達成感。
ずっと欲しかったものを、ようやく手に入れたような幸福感。
そこから地獄が始まるのを知っていても、なお、あなたは何度も天国を見たくなるのよ。
それが「依存症」の泥沼だ。
一度ハマると抜け出せない、ううん、抜け出す勇気が持てないの。
私は誰も救えない。
だからせめて、その凍える心に寄り添いたいの。
そんなわけで、私は浮気妻たちにひどく同情しちゃったわけだけど、何が悲しいって、私がその人たちに何ひとつしてあげられないことなのよ。
そう、彼女たちの苦しみがわかるし、その先にある破滅の恐怖も理解できるんだけど、私は彼女たちを救えない。
前にも言ったけど、依存症ってすごく孤独な病なの。
自分を救えるのは自分自身しかいないのよ。
ずっと前に、何かのTV番組に出演したことがあった。
その番組に登場した主婦は、まだ若くてとても綺麗だった。
彼女は夫の留守中にネットでエロ動画を配信し、フォロワーたちから賞賛と投げ銭を貰ってる人だった。
「男の人たちから『綺麗だね』って言われるのが楽しいんです」
彼女は悪びれもせずに、そう語ったわ。
たぶん番組は、私に説教して欲しかったんだと思うけど、私はべつに説教なんかしたくないから黙って話を聞いていた。
で、収録が終わって席を立とうとしたら、彼女がつかつかと私の方に歩いてきたの。
そして、目に涙を溜めながら、こう言った。
「ほんとは私、夫に言って欲しいんです。『綺麗だね』って」
わかるーーーー!!!
一瞬、私は、彼女を抱き締めて泣きたくなったわ。
でも、何もできなかったし、何も言えなかった。
本当に、気の利いた慰めの言葉ひとつ言えなかったの。
ただ黙って彼女を見つめてた。
彼女はさぞかしガッカリしたことでしょう。
その収録の後、私はしばらく落ち込んだ。
なんて無力なんだろう、と思ったからよ。
あの時、何を言ってあげればよかったんだろう?
どんな言葉なら、彼女を救ってあげられたんだろう?
たとえば、「その気持ちを素直に旦那さんに言ってみたら?」みたいな安直なアドバイスはできたかもしれない。
でも、彼女が自分の気持ちをぶつけたところで、その夫は受け止めてなんかくれない。
ふふんと鼻で笑って、「おまえ、何言ってんの~?」とか茶化すのが関の山よ。
そんな男だから、彼女はエロ動画配信の道を選んだんだ。
それがわかってるから、私は何も言えなかったの。
安直なアドバイスも、無責任な説教も、彼女の孤独を救えない。
もちろん夫も、彼女を救えない。
彼女の孤独は、彼女が自分で癒やすしかないの。
「男の人たちから『綺麗だね』って言われるのが楽しいんです」
番組中にそう言い放った彼女に眉をひそめた視聴者は大勢いたと思う。
彼女の心の中に吹き荒れる吹雪を、その凍えるような孤独を、誰も知らない。
ただチヤホヤされるのが好きなバカ女に見えたことだろう。
でも、どんな行為であれ、そこには必ず理由があるの。
当人にしかわからない悲しい背景があるんだ。
だから私は、浮気妻もエロ動画妻も批判しない。
彼女たちの苦しみを他人事にしたくないから。
たとえ救ってあげられなくても、せめてその心にそっと寄り添うくらいはしたいから。
あの時、彼女を抱き締めて「わかるよ」って言ってあげればよかった。
それが心残りで、未だに彼女を忘れられない。
ただ無言で棒立ちだった自分が情けないわ。
こういう時に適切な行動が取れないから、私は他人とうまく繋がれない。
それはたぶん、彼女も、彼女の夫も同じよね。
本当に大事な言葉を相手に言えなくて、大切な人を見失ってしまう。
そうやってすれ違ったいくつもの心が、この世界には溢れてる。
ネットは、そんな迷子たちが集まる寂しいシェルターなのかもしれないね。
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