Addiction Report (アディクションレポート)

襲名披露のソロライブは喋り倒した30分!「コザック前田」の呪縛から逃れられないように コザック前田の青春依存狂時代(18)

「コザック前田」襲名披露のソロライブ。ほとんど喋り倒した30分で、お客さんの反応に高揚感が増していきました。ライブ後も自分が突き動かさないと面白くならないという「コザック前田」の呪縛から逃れられなくなります。

襲名披露のソロライブは喋り倒した30分!「コザック前田」の呪縛から逃れられないように コザック前田の青春依存狂時代(18)
撮影・後藤勝

公開日:2026/11/01 02:00

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コザック前田の青春依存狂時代

前回は突然髪を切り落として丸坊主にし、そして「コザック前田」襲名披露ライブと称して、ライブハウスで突然ソロライブをブッキングしてもらい、そしてトリでライブを始めたところまでをお話ししました。今回はそのライブの様子とそこからの環境の変化を書きたいと思います。よろしくお願い致します。

客席からの反応で有頂天に

「本日出ました4組の前座の皆さん!お疲れ様でした!ここからが本番です!ワタクシは神戸の須磨からやって参りましたコザック前田というものです!」

突然1人で最後に出て行ってこの言葉を発して始めたライブ。僕以外の4組は全てアコースティック系の人達でライブハウスにもその日は椅子を用意されていて着席で観る比較的静かな1日であったが、僕は、

「今日のライブは皆さんしんみりして、「君が好きだ〜🎵」とか「忘れならない〜🎵」なんてアホみたいなバラードを聴いて何か楽しめましたか!?まあそのくらいの知能なら仕方ありませんが、最後まで残ってる皆様は何か刺激を求めてるのではないでしょうか?今から僕、コザック前田の生い立ちをお話しさせてもらおうと考えております!よろしくお願い致します!」

ここでも少し笑いが起きた。

ちょっとでも反応があると有頂天になってしまう。でも考えてみたら当たり前の話で、僕はこの日自力で40人のお客さんというか知り合いを呼んでいる。要は自分が呼んだ客に向けて毒付いてるだけなのだから、ウケて当たり前なのである。それなのに僕の気分は上がりまくっていた。そして興奮状態で話し始めた。

30分喋り倒して、一曲だけ歌う

「ワタクシ、コザック前田前田が生まれましたのは1979年の9月30日でございます!70年代と言えば学生運動やベトナム戦争や浅間山荘など色々ありました。僕も生後一ヶ月で火炎瓶を投げたものです!で嗚呼、色々あったなあ〜!」

「高校時代は、世の中はアムラー、シノラー、アサハラーの時代でした!僕ももちろん流行に乗ってアサハラーになったわけですが、まずは麻原に心から成り切るところから始めないといけないなと思った訳です。そこで尊師のマネを僭越ながらやらせて頂こうと思います」と言って、

「君達は〜死に対して〜決して後悔しないようにしなければならない」

と麻原が言った言葉をモノマネでしたのを覚えている。

しっかりと覚えてるのはこんなもんで、その後もとりあえずはひたすらに汗かいて、喋り続けたのだけは思い出す。ちょっと1人で出てきてブラックジョークを入れてるのがスタンダップコメディみたいに聞こえる様な気もするが、勿論そんなクオリティーも無いし、その頃スタンダップコメディなんて知らなかったのだから何でもないただのアホである(笑)。

そして最後に「村へ帰ろう」という曲をおもむろに歌って、30分のライブを終えた。客は勿論自分が呼んでるので拍手喝采!とにかく高揚して楽屋に戻ったのを覚えている。

「コザック前田」での成功体験が呪縛に

くだらないかもしれないが、1人でステージに立って身内にではあるが拍手喝采を受けてステージを降りた僕は、1人でもやることが出来たという自信と満足感に浸っていた。自分のやりたいことがしっかりと伝わったという点においてはコザック前田としての初めての「成功体験」ではなかったかなと思う。

この成功体験が、僕をずっと「ナチュラルハイ」の状態にさせていく。コザック前田という名前をつけた以降そういう運命にあったのかも知れないが、そのテンションのまま、バンドも結果的にはブームに巻き込まれていことにこれから先なる。

そしてそのブームが終わりそうになった時に、この「コザック前田」の呪縛から逃れられなくなり、酒に逃げてしまうという運命をまだその当時の僕は知るはずもないのです。

恋心を抱いていた女の子にも友達にも絶賛され、高揚し

ライブ後、客席に行ってもみんなお客さんは賛美の声を僕にかけてくれた。中には僕を見に来たわけじゃない人も残ってて、「衝撃を受けた!」などの言葉も頂き、もう高揚は止まらなくなっていた。

ちょっと書くのが遅くなったが、僕が恋心を抱いていたバイト先のTさんも観に来てくれていて

「めっちゃ良かった!前田君、天才やね!」

と言ってくれたことを思い出す。とにかく来てくれたメンバーの陽ちゃん、友達のメガマサヒデなどにも最大限のお褒めの言葉を頂いた。何でもないただの若者が、何か自分には持ってるものがあるんじゃないかと思うには充分の要素がある1日だった。とにかく高揚して家に帰った。帰っても朝まで一睡も出来なかった。そのままバイトに行ったのを覚えている。

バイトでもガガガでも「コザック前田」になる

その後の僕はバイト先でも、ガガガのメンバーとしても「コザック前田」になっていった。自分が何かを突き動かしていかないと面白くならないという過信と情熱が両立している感じである。

そんなある日、神戸の三宮をウロウロしていると、ビートルズのコピーを路上でしているちょっと僕よりも年上の人がいた。ボーっとその前に居たら、そのビートルズを歌ってた人が、「君もなんかできるのか!?」と言われたので、「はい!僕はコザック前田という活動家です!」と訳のわからない自己紹介をしてた。

「君、活動家なのか面白い!僕は近所でBARをやってるんだけど今から一緒に行かへんか?」と言われて、なんかオモロい事があるかも知れへんなと思い着いていく事にした。

神戸の元町にあったそのBARはビートルズや60年代の音楽が好きな人達が集まる雰囲気を醸し出しており、ちょっと場違いなところに来たなとは思ったのだが、マスターが

「おい!みんな!活動家の子を連れてきたそ!」と紹介したものだから、そこに居たお客さんたちは酔っていたのもあり

お〜!なんかやれ〜!

という空気であった。

僕もここまで来た以上はやってやろうじゃないかと意気込んで、こないだやったソロライブの様なことを同じ様にそこでもした。そしたらみんな呆気に取られながらも「オモロいやつやな〜」という空気になり、まぁ一杯奢るから飲みや〜?と言われたのだが、なんか僕はそういうBARで飲んでるお客さんと一緒になりたくないと言う気持ちが出てきて「酒は飲みません!天才なので!」と訳の分からない事を言って飲まなかった。

ガガガのベースもスカウト

そうすると、カウンター越しに居た店員の子が、「君、飲み屋でなんかやって酒奢ってもらえるのに飲まないなんて変わってるね〜」と言ってきた。話をその男の子としてると、僕と同い年、そして鹿児島の奄美大島から神戸に出て来たという話を聞いた。僕はなんか「ピンッ」とくるものが彼にあり、一通り話終えたところで、

「君、ベース弾ける?」

と聞いた。

「まぁちょっとなら」

と答えた彼に、

「一緒に無茶苦茶やってみいひん?」と言っていた。

ここでガガガのベースとして決まっていくのであるが、ここからはまた次回。次回はこの鹿児島出身の彼がベースで入ることになり、正式にガガガがバンド編成になる様子、そしてまたバンド名は改名をされて、遂にライブハウスの大きなイベントに出演する様子を書きたいと思います。

なんか毎回ですが、書いてて少し恥ずかしいです(笑)。

今回も乱文、乱筆読んでくださりありがとうございました!

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コメント

2時間前
カツキン

前ちゃんのヒストリー

陽ちゃんの存在も相まってとても面白くて声出しながら笑って読ませてもらってます、

時代背景や当時の風潮など思い浮かべやすくて映画のように映像が想像できて

あ、もう終わっちゃった!

と次回がまた楽しみです!

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