強迫性障害と摂食障害は「自分のなかの神様の声」から始まった。もつおさんがコミックで描いた実体験(前編)
高校生の頃、強迫性障害、摂食障害を発症し、精神科病棟に強制入院した実体験を描いたコミックエッセイ『高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで』。2021年、この作品がデビュー作となった漫画家のもつおさんのインタビュー前編です。

公開日:2025/08/16 02:00
高校生の頃、強迫性障害、摂食障害を発症し、精神科病棟に強制入院した体験を描いたコミックエッセイ『高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで』。
この作品がデビュー作となった漫画家のもつおさん。彼女が当時苦しんだ「病」について話を聞いた。
(ライター・青山ゆみこ)

部活に勉強にと、充実した生活を過ごしていた高校一年生のもつおさん。ある日、ふと駅のベンチが目に止まり、なぜかモヤモヤした。
「このベンチを触れば、テストは最下位じゃないかもしれない」という考えが離れなくなる。触るとすっきりした。
その考えはまるで「自分のものではない声」として、頭のなかから聞こえてきたような気がした。それがもつおさんと「神様」の最初の出会いだった。

●「モノに触ると悪いことが起きない」という声
「最初はわたしも『この声はなんだろう』とよくわからなかったんです。声の言うとおりにすると悪いことが起きない気がしたので、なんとなく『神様』と呼ぶことにしたんです」
ふと目にしたものが気になると、神様から「触れ」と命令が飛んでくる。言うとおりにしないと、悪いことが起きる気がして怖くなる。触るとほっとする。
例えば「右足から靴を履くといいことがある」なんて、自分だけのルールじゃないけれど、ちょっとした「験担ぎ」みたいなことに近い感じってことは、よくあることかもしれない。
「それだといいけれど、神様の声は『絶対にしなきゃいけない』という命令みたいで、回数も、頻度もどんどん増えていったんです。
わたしのように自分が振り回されてしんどくなってしまったら、それは病の気配があるのかもしれないと思います」
神様の言うとおりモノに触ると手の汚れが気になり、その度に手を洗うので、手がががさがさに荒れてしまう。そんな自分の状態に違和感があった。
もつおさんはその後、摂食障害の症状が出てから、こうした症状に対しても強迫性障害の診断がおりたが、当時はまだピンとこなかったそうだ。
「自分でもネットで調べていましたが、強迫性障害を患っておられる方の話では手を必要以上に洗うという話が多かったんです。『触りたくない』という症状はよく聞くけれど、わたしの場合は『触る』が先にあったので、病名を聞いたあとも当てはまらない気がして、やっぱり単に自分のワガママなんじゃないかと悩んでいました」
強迫性障害……ささいなこと、わかりきったこと、無意味なことと頭の中ではわかっていても、その不安を解消するために、同じ行動を何度もせずにはいられない精神疾患。もともとの性格や生育歴、ストレスなどさまざまな要因が関係していると考えられています
●「食事をするな」とも言うようになった神様
「モノに触る」命令をしてきた神様は、小さい頃から食べるのが大好きだったもつおさんに、今度は「食べたら悪いことが起きる」「食事をするな」とも言うようになった。食べたいのに、食べられない。その辛さでどんどん食欲が自然と消えたという。みるみる痩せる娘を心配した親は、「食べなさい」と怒る。
「最初の頃は食べるふりをして、こっそりティッシュに出したりしていました。でも明らかに手足も細くなっているし、親は『おかしい』『食べてない』と気づいていたようです」
「自分の異変に家族は気づいているかもしれない」ともつおさんも感じていたそうだ。そんなある日、母親に連れて行かれたのが心療内科だった。待合室では、自分と同じように手足の細い女の子の姿を目にした。
「わたしも以前のようにご飯が食べたかったので、先生に話そうかなと迷ったんですが、神様から『神様の存在について話すな』とも言われていたので、もし口にしたらどんな悪いことが起きるのだろうと怖くて。
すごく苦しくてどうにかしたいのに、その困っていることこそ、誰にも相談できない。それが一番辛かったです」

●友達から「変だ」と思われたくない
もつおさんが通っていたのは中高一貫の女子校だった。中学で仲良くなったグループは、高校になっても変わらない。
「わたしが通っていた学校では、先輩たちの間で『女子校の洗礼』と呼ばれているものがあって、『3人以上のグループで仲良くしていると、誰か一人が無視される』なんてことです。理由なんてあってないようなもので、順番に回ってくるような洗礼のようなもの。
わたしが1回目にその洗礼を受けたのが中学1年のときでした。それからは、自分の感情を出さないようにして、いい人を演じようと決めたんです。
嫌われないように、良い人のキャラを演じて。自分が周りからどう思われているのか気になって、少し過敏になってしまうところがありました。とにかく友達に『変だ』と思われたくないっていう気持ちが強かった。また洗礼を受けるのは怖いし嫌だったから」
「食べたら友達に嫌われる」とも思い込むようにもなったもつおさんは、学校でも食べたものをトイレでこっそり吐くようになる。吐くと神様の声が消えて、その時はすっきりした。
「だけど、学校みたいな公共の場所で吐くと罪悪感があるし、吐くことで身体に負担がかかるから、心も身体もどっと疲れてしまう。自分でも『もう限界だな』と感じていました」

●診断書に記載されていた「摂食障害」の文字
週一で通っていた心療内科では、診察の度に体重を測る。身長160センチで体重が43キロほどになった頃、学校に提出する診断書に「摂食障害」と記載されているのを見て、もつおさんは初めて自分の病名を知ったそうだ。
その後も体重は減り続け、38キロほどになった頃、「モノを触る」という強迫性障害の症状が隠せなくなり、摂食障害に加えて強迫性障害の診断も受けた。神様と出会って4カ月経った頃だった。
「でも『食べられる』ための具体的な治療法があるわけではないから、病名が出ても、じゃあ解決というわけにはいかなかったんです」
げっそり痩せて身体はいつもだるい。体力も集中力も落ちて勉強にも身が入らない。それなのに神様から「体重を減らせ」という命令が出て、スープも牛乳も飲めなくなって、親は泣く、自分を責める。そんな日々は「拷問みたいな毎日でした」ともつおさんは言う。
さらに体重が落ちてしょっちゅう気絶するようになり、血液検査では「突然死する可能性が高い」という数値が出てしまう。
もつおさんが命の危険から精神科病院に強制入院することになったのは、神様との出会いから半年くらい経った頃のことだった。
●入院を機に起きた「神様との関係」
絶対に入院したくないもつおさんに、神様は「命令通りに触れば入院しなくていい」と言ってきたそうだ。
体力を振り絞って、言われたとおりにぺたぺた触り続けたけれど、結局入院は覆らなかった。そのとき初めて「神様に裏切られた」と感じた。
「言うことを聞いていれば悪いことが起きないはず。だから信頼して神様のことだけ聞いてきたのに……。その時、私は初めてはっきりと神様を疑いました。それが神様との別れの始まりだった気がします」
入院中にも神様の声が聞こえる時があったけど、「もう信じない」と無視して食事をとるようになったもつおさん。そうすると少しずつご飯が食べられた。徐々に体重が増えて40キロ台に戻り、学校にも時々通えることになった。小さな変化を重ねるうちに、神様の声はほとんど聞こえなくなっていく。

そんなふうに神様との関係が大きく変わる転機となった2カ月の入院。そして退院。
しかしその後、「食べたいのに食べられない」拒食ではなく、「食べたくないのに食べてしまう」過食が始まってしまう。
もつおさんは「それが本当の地獄と感じた」と言う。
「今まで食べたくても食べられなかった反動なのか、食べるとおいしいんです。そうしたら体重もどんどん増えて、初めて心療内科を訪れた時の48キロに戻った時はものすごくショックで。努力して成功したダイエットがリバウンドしたみたいな、苦労が泡になったような気がして。
食べたい、元気になりたいって自分が望んできたことなのに、体重が増えることがどうしても受け入れられない。だけど食欲は止められなくて我慢できない。それで、また食べたものを吐くようになったんです」
自分の「食べる」行為は神様の声に管理されていたけれど、神様がいない今は自分で決めていかなきゃいけない。でも、自由に食べていいとなった時、「どう食べればいいのか」がわからなくなっていることにもつおさんは気がついた。
「うまく食べられない自分はやっぱりダメなんだと、苦しくて、気持ちが落ち込む。だけど不思議と吐いている時はつらさを忘れることができたんです。それも過食嘔吐がやめられなくなった理由だと思います」
●過食の症状を減らすきっかけになった「美大への進学」
過食に悩まされ学校も休みがちだった高校3年生の頃、変化が表れた。きっかけは進学先として、急に美大に興味をもったことだった。
受験まで時間がなく、追い立てられるように勉強していたら「吐いているひまなんてなくなっていたんです」ともつおさん。
猛勉強の甲斐があり、なんとか無事に合格して大学生活が始まってみると、通学にも時間がかかり、課題が多く忙しい日々。また太るのは嫌だと思いつつ、以前なら避けていたラーメンも、友達に付き合って食べるようになる。けれど、動いているせいで体重は増えない。むしろ減っているくらいだった。
「食べても太らない。大丈夫なんだと驚きました。それから吐く回数が減っていったんです」
美大には個性的な格好をしている人が多く、誰かを「変だ」とか言う人もいなかった。中高を狭い世界で過ごしていたもつおさんには、とても気が楽な環境だったそうだ。
「人の目を気にしなくてすむ生活を過ごすうちに、変だと思われてるんじゃないかとか過剰に悩まなくなって、そのままの自分でもいいんだって、自分で認められるようになっていったのかもしれません」
●誰にも言えなかった話をする
『自分のなかの神様』には元になるコミックエッセイがある。もつおさんがその作品を描いたのが大学3年生の時。高校1年で発症してから、8年が経った頃だった。
「当時はもう食事もできるようになって、通院もしていない。でも病気が治ったという実感ももてなかったんです。
どうすれば実感がもてるのだろう。もしかしたら、それまで誰にも話せなかった神様の存在や、病気や入院体験について話をすることができたらいいのかなと思ったんです」
神様に命令されて、絶対に誰にも話せなかったことを「言えるようになった自分」は、病気の頃の自分とは違うと思えるんじゃないか。そんなふうに考えて、『わたし宗教』を描いて出版社に応募すると、コミックエッセイプチ大賞を受賞した。それがデビュー作の元になっている。
●作品に寄せられた感想に驚いた
受賞した作品がネットに公開されると、もつおさんの元にはさまざまなコメントが届いた。
「てっきり『そんな世界あるんだ』『知らなかった』なんて反応ばかりくるのかと想像していたけど、『自分にもそういう神様みたいな存在がいた』とか『共感できる』といった反応が多かったんです。こんなにも同じように苦しんでいる人、過去に苦しんだ人がいるんだと驚きました」
神様のことを誰にも言えない。今はそれが病気の症状だとわかるけれど、当時はどうしてもわからなくて、誰にも言えなくて辛かった。もつおさんはそんな自分の体験を描いて、「自分だけじゃないよ」と伝えたいと思うようになる。
「描き始めたのは自分のためだったけれど、困っている誰かの役に立つようになれたら……そんなふうにまた自分が変わっていったら、症状も変わったんです。食事に対する抵抗感がまだ結構残っていたのが、ほとんど消えていって。
それは病気が治ったとか、昔の自分に戻ったとかいうより『自分とうまく付き合っていけるようになった』という感覚が近いような気がしています」
(後編につづく)
※後編は8/17(日)11時公開予定です