「もっと当事者の声を」大阪の依存症対策の現状に怒りも
2030年にカジノの開業を控える大阪府は、毎年5月をギャンブル等依存症問題啓発月間と定め、府民に依存症への関心と理解を深めてもらおうと啓発活動に取り組んでいる。その5月末に開かれた集会での声を、府の担当者は、どう受け止めただろうか。会場には、現状への強い不満があふれていた。

公開日:2026/06/12 02:08
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「ギャン太郎」を総括し出直しを
5月24日、「当事者(わたしたち)の声は、届いてますか」と題する特別セミナー(ギャンブル依存症問題を考える会、ギャンブル依存症家族の会大阪共催)が、大阪市中央区のホールで開かれた。
冒頭、「ギャンブル依存症問題を考える会」の村上美絵さんが登壇した。助産師として病院に勤め、結婚後、夫がギャンブルで多額の借金を負っていることを知る。「罵倒してしまったこともある」と語り、一度は別居したが、同じ経験をもつ人たちの支援を受け、自助グループと接し、夫婦で再び暮らすようになったと話した。

当事者の声を対策に生かす。それがいかに重要か、体験をもとに訴え、府の依存症対策に疑問を投げかけた。
4日前の5月20日、府は対策の拠点となる「大阪依存症対策センター(仮称)」の基本計画の立案を、大手広告会社の共同企業体に委託した、と発表した。同社のグループ会社は今年1月、依存症への偏見を助長するなどと批判を浴びた府と大阪市の啓発動画「ギャン太郎」の制作にかかわっている。「楽して生きたい」という高校生「ギャン太郎」がオンラインギャンブルにはまるというストーリーで、依存症を「鬼になった」と表現し、「自分の中の鬼に勝つ」ーーなどと強調。病気の原因への理解の低さが問題となり、公開停止に追い込まれた。
あの騒動から半年もたっていない。府がやるべきなのは、傷ついた信頼を取り戻すこと。そのためには何が足りなかったのかを徹底的に検証、総括し、同じ失敗を繰り返さないためにはどうすべきか、具体策を示し、自ら当事者の声を聴き、政策に反映する回路をつくりなおすことではないか。
この日、村上さんは「私たちの声もとり入れてほしいと大阪府にお願いしましたが、当会だけ(の声をとり入れるの)は難しいといわれた」と語り、対策センターが「ギャン太郎の二の舞になるのでは」との懸念を表明した。
センターは、動画とは別の事業だ。広告会社側の案が優れていたなら採用することもあるだろう。ただ、依存症対策の柱ともいうべき事業がどう具体化されるのかは、とくに注目度が高い。不安の声があることを府は十分に理解し、行政が責任をもって取り組む姿勢をもっと鮮明にする必要がある。
急がれる「対策センター」の具体化
そもそも依存症対策センターとはどういうものなのか。
府は「医師、相談員、心理士など多職種による相談と合わせて自助グループなど関係団体による相談をワンストップで提供し、相談者の抱える様々な問題の整理と支援の方向性を検討し、必要に応じて身近な地域のサービスにつなぎ、依存症対策の企画立案、調査・研究、普及啓発、人材確保等を行う」などと説明する。だが、場所も未定で、詳細はあいまいなままだ。
基本計画の委託にあたり、府が示した仕様書には「生成 AI を活用した依存症支援の試行」「バーチャル・アバター等を活用した依存症支援の試行」などとあり、AIで新規性を出そうという狙いがうかがえる。
プロポーザルの選定委員の一人、布施匡章・ 近畿大学経営学部教授(経営情報)は「依存症に陥る人はだめな人間、とみる社会の偏見があり、自らカウンセリングに行きにくいのが現実。AIをどう活用するか。秘密裏に相談できるパートナーとして、チャットボットのようなものではなく、適切に回復軌道に誘導できる機能が求められる」と語る。
最新技術の活用で、周りに相談できる人がいない人に寄り添うのはよい。そのうえで、医師がどれだけ常駐して現実に対応できるのか。入院を含めた受け入れ態勢はどの程度の規模か。AI以外でも様々な中身が問われてくる。
この日、セミナーに参加した府議によると、今年9月には模擬的な施設を立ち上げ、1か月間、運用を試行する。施設内には依存症への理解を深めるためのコーナーを設けるほか、相談を受け付ける窓口も置くという。設置まで時間はあまりない。早急に具体的なプランを示してほしい。
実際にセンターがオープンすれば運営に責任をもつのは行政だ。当事者や専門家の声を十分にとりいれ、形だけでなく「魂」をいかに入れるか、くれぐれも丸投げにならぬよう注意してほしい。
必要なのは現場の声を聴く「本気度」
セミナーの後半では、ギャンブル依存症問題を考える会の田中紀子代表と、府議会の各会派の議員6人との「論戦」が1時間あまりにわたって続いた。浮かび上がったのは、現状認識のずれだった。
登壇したのは大阪維新の会、公明、自民、民主ネット大阪、共産、大阪なにわの和の各議員。一年前にほぼ同じ顔ぶれで議論した際、同会は依存症対策に全力で取り組むよう強く要望した。

田中代表は少しずつ前進していることは認めつつ、「私たちの声を聴こうとしているのか」と迫った。各府議からは、それぞれ現状報告を兼ねた説明がなされた。
「今年度、府には依存症に特化した準備チームができ、IRの開業をまたず対策に乗り出している」
「ギャン太郎の動画は、配慮に欠ける部分はあったが、高校生に見せると、あれがきっかけで(危険性を)認識させる部分もあった」
「第三期依存症対策推進計画で、若年層のオンラインカジノ対策を明記した」
こうした説明を通じ、府や議会の本気度が伝わったとはいいがたい。
当事者の声を聴くという点では、確かに大阪府ギャンブル等依存症対策推進会議に、依存症家族の会大阪や、考える会の大阪支部のメンバーも加わっている。問題はそれでも「ギャン太郎」のような動画が公開されたのはなぜか、という点にある。現場の体験を政策に生かすため、行政全体が理解を深める努力をしていれば、公開に至っていただろうか。府は本質的に変わっていないのでは、という疑念がなお残るのが現状だ。
表面的な対応ではなく、どう変わったかという姿勢を具体的に示すことが信頼回復への一歩となろう。
セミナーの最後には家族の会のメンバーが、府の施設で何度も入院を断られ、困り果てた経験を語った。府の病院の受け入れ態勢のあり方に疑問を投げかけ、別の家族は連絡が取れなくなった当事者の安否確認のため、仲間の力を借りて奔走した体験をあかし、「現場の苦労をわかってほしい」と訴えた。
府は2028年度末までにギャンブル依存症に対応できる病院を100に増やす計画というが、実体を伴っていなければ単なるかけ声に終わるということだろう。
冷静な方向転換、今こそ
この日のセミナーでは大和大学(大阪府吹田市)の田野瀬良太郎総長が、若年層の対策の重要性について語り、学生を対象に予防教育にさらに力を入れると明言。前向きな話題も披露された。

大阪府・市に対して厳しい声があがるのには理由がある。約4年後に開業が迫った大阪IRでは、バカラなどをするテーブルが470台、スロットマシンなどの電子ゲーム機6400台の設置が予定されている。依存症の増加につながるおそれのある巨大ギャンブル施設が、行政主導で誕生することへの危機感がそれだけ強いからだ。
府と市、議員がいくら経済効果や観光振興を強調しても、足元の対策がお寒ければ立地自治体の資格に疑問符が付く。IR開業が本当に望ましいことか。府民の命と暮らしを守るため、今こそ冷静に方向転換を決断してはどうか。
依存症は当事者や家族を苦しめる、深刻な社会問題であることを忘れないでほしい。
