「オーバードーズを止めようとは言わないよ」 信頼できる訪問看護師との出会いで立て直し始めた心
医者からの性被害や母の死で処方薬や市販薬の過量服薬を繰り返すようになった20代の弥生さん。一人の訪問看護師との出会いが、心を立て直すきっかけとなりました。

公開日:2026/05/07 01:20
知り合いの医師からの性被害、母の介護や看取りのつらさから、処方薬や市販薬のオーバードーズを繰り返すようになった弥生さん(仮名,29)。
訪問看護師、佐藤美紀さん(46)との出会いから、徐々に心を立て直していきます。
「オーバードーズを止めようとは言わないよ」
今年1月から訪問看護ステーションの管理者である佐藤さんの訪問を受けるようになった弥生さん。
昨年12月、派遣された看護師二人とどうしても気が合わないと訴えた時、「特別に私が訪問します」と言ってくれた。「それってオーバードーズを止めろってことですか?」。そう不信感を持って尋ねると、佐藤さんは「私はオーバードーズを止めようとは言わないよ」と言ってくれた。
「そんなことを言ってくれる医療者はこれまでいなかったから、ほっとしたんです。その後に『だけど、私のエゴかもしれないけど、死なないでほしいから、死ぬ量は飲んでほしくないな』とも言われました。なんかこの人は信頼できるかもと思ったんですよね」
その信頼が固まったのは、本格的な訪問が始まる前の1月2日に、急にオーバードーズの欲求が強まった時だ。
「お正月ってお餅を喉に詰まらせる人も多いし、救急は混みますよね。急性アルコール中毒で運ばれる人も多いでしょうから、私がODをして迷惑をかけたくない気持ちも強かったんです。訪問看護師にも電話していいか迷ったのですが、つらくてたまらなかったので、年始早々、佐藤さんに電話をしてみました」
看護師だって正月でゆっくりしているだろうから、迷惑だろうなとは思っていた。でも佐藤さんの受け答えは、そんな気配を微塵も感じさせなかった。
「『飲む前に電話してくれてありがとう』と最初に言ってくれて、『電話してくれて大正解だよ!』と私が電話したことに対してめっちゃ感謝してくれたんですよね。私としてはお正月早々申し訳ないなという気持ちでいっぱいで、電話する前もずっと迷っていたんですけれど、そんなふうに言ってくれた。この人は頼ってもいいんじゃないかなと思えた一番大きなきっかけです」
「依存症の人は、本当のその人を見ている気がする」
佐藤さんは精神科が好きで、精神科領域での看護師を長く続けてきた。依存症に興味が湧いたのは、「本当のその人を見ている気がするから」だ。
「人間ってみんな仮面をかぶっていて、会う人や環境によって仮面を使い分けしているような気がするんです。でも依存症の人を見ていると、本来の人間の姿ってきっとこうだよなというところが見える気がする。ドロドロした部分や爆発した部分はみんな持っているのに普段は隠しています。でも依存の人は素直に出してくる。そこが羨ましいというか、すごいなと思いますし、本当のその人と関わっている感じがします」
看護師として最初に印象に残った依存症の患者は、酒に酔って暴れながら入院してきた自衛隊員の患者だ。翌朝、酒が冷めて、「アルコール依存症の親父を見て育ったんです。絶対にこうはならないぞと思って生きてきたのに、自分もそうなってしまった……」と落ち込む姿が忘れられない。その時はまだ依存症についてよくわからず、彼の話に耳を傾けるしかできなかった。
もっと依存症について知りたい——。
アルコール依存症やギャンブル依存症の研修を東京や横浜にまで受けにいき、依存症看護基礎知識を身につけていった。クリニック、病院と依存症の現場を経験するようになり、がっつりハマって10年ほどが経った。2021年には精神科専門の訪問看護ステーションを開き、管理者となった。
自身の家族も依存症だった
実は、佐藤さん個人も依存症とは縁が深い。両親はパチンコが好きで、幼い自分を自宅に一人残して毎晩、打ちにいっていた。
「その時の自分は気づいていなかったのですが、既に家を出ていた年の離れたきょうだいからは『あれはよく考えたら虐待だよね』と言われたこともあります。でもそんなことではくじけていないと私自身は思っているんですけどね。両親がパチンコに行くと、一人でお菓子を食べて、それが楽しみだった記憶もあります」
離婚した元夫もアルコールとギャンブル依存の傾向がみられ、義父も同様な状態でいた結婚生活だった。
「義父に関しては身体の状態も悪くなることが度々あり、10回以上入退院を繰り返しました。看護師として何か救えることがあるのではないかと色々サポートをしましたが、その時働いていた病院の精神科医に、『家族は近すぎるから助けられないよ。専門職に任せた方がいい』と助言をもらったんです。結果、その通りだなと思いました」
自身の家族が依存症だった経験が、自分を依存症の看護に引き寄せたかはわからない。
「振り返るとそうかもしれないなと感じるくらいです。自分の家族といま診ている利用者さんを重ねることは全くしません。依存症の利用者さんが大好きだし、依存症の看護も大好きです」
「こっちも命賭けるから」
そんな佐藤さんが、弥生さんの訪問看護に入ると決めたのは直感だ。通常、管理者である佐藤さんは、患者の定期訪問に入ることはない。でも二人の看護師を派遣した後、弥生さんが「どうしても合わない」と訴えてきた時、「きっとこの子は私じゃなきゃダメなのかな」という勘が働いた。
入り始めた1月は、弥生さんの精神が不安定になるきっかけとなった性被害が起きた月だった。その事件が起きた日、弥生さんはまた死にたいという気持ちが強くなっていた。弥生さんはその時のことをこう振り返る。
「その時、そんな気持ちを佐藤さんに言えたんですよね。本当は訪問看護に来る日ではなかったんですけど、電話でそう伝えると『とりあえず私、行くわ』と言って来てくれた。そして『こっちも命賭けるから。本気で向き合いたいと思ってるから、一緒に未来を作りにいこう』と言ってくれたんです。本当にすごい人です」
週1回1時間の訪問予定だったが、不安定だった1月は週3回ぐらいの訪問になった。「どうしてそんな言葉を言ってくれるの?」と弥生さんが聞くと、佐藤さんは「私が人としてそう思うからそう言ってるだけ。何も考えてないで言ってる」と答えてくれる。そんな人の言葉だからこそ、弥生さんもそのまま受け止めることができた。
そんなふうに佐藤さんの助けを借りながら、弥生さんは生き延び、ODも今のところしなくて済んでいる。最近では飲もうという欲求もほとんど湧かなくなった。最初に「オーバードーズを止めることはしないよ」と言ってくれたことが、弥生さんのお守りのようになっている。
佐藤さんはなぜ「オーバードーズを止めることはしない」と伝えたのだろう?
「それは自然と出た言葉ですね。今の彼女を救ってくれるのがきっとその薬だったから、それを取り上げるのはおかしい。アルコールでも薬でも、それがないと今のその人は生きていけないわけです。救ってくれるものとして自分で使っているし、自己治療的に使っているので、それを止める医療者がいるのは逆に謎だなとも思います」
弥生さんは、佐藤さんにODをしていた咳止めを全て預けもした。しばらく経つと、不安やつらさが募り、「やっぱり返して」と言ったこともある。
「『やっぱり私、お母さんに会いたいし、死ぬから、薬を置いてって』と言ったこともあります。でも佐藤さんは無理やり奪うことはしなかった。『信じているから置いていくね』と言ってくれた」
「向こうも賭けですよね。私も佐藤さんを信じていたから、佐藤さんが私を信じて置いていってくれたのに裏切りたくないなかった。悲しい思いをさせたくないなとも思いました。それで飲まなかった感じです」
看護学校に復帰
弥生さんは、休学したままになっている看護学校をどうするか、ずっと迷いを感じていた。しかし、佐藤さんから「絶対看護師になる素質があるよ。こういう人に看護師になってほしい」と復帰を勧められた。
そう言うだけではなく、復学するかどうかの看護学校との話し合いにもついてきてくれた。佐藤さんは、弥生さんに看護学校への復帰を勧める理由をこう語る。
「純粋に素質があると思うからです。相手の気持ちを汲み取る力があるし、相手の身になって考えられる。絶対にいい看護をするなと思うし、看護師になったら救われる患者さんが増えるじゃないですか。この子は看護師になったらダメだなと思うなら、背中は押さないです」
「でもこれは私の感覚なので、もしかしたら失敗するかもしれない。私が良かれと思って背中を押して、結果的にマイナスになったとしても、今は間違いじゃないと思ってやっています。スタッフにも『今やっていることって正解になるんですか?』と疑問を投げかけられることがあるんですが、正解にするために頑張ればいい。だから、一緒に頑張ろう、乗り越えようと彼女にもいつも言っているんです」
そう佐藤さんが言うのをそばで聞いていた弥生さんは「こうやってたまにプレッシャーをかけるんですよ」と苦笑いする。「『私命賭けるから』って普通に言ってくるから、『なんでここまでやってくれるの?』っていつも思ってます」と言う。
佐藤さんはそんな弥生さんを見つめながらこう語る。
「今、一番力をかけなければいけない時期なんです。きっと波に乗ったら自分でぴょんぴょん行ける。看護師資格を取るまでのこの1年が大変で、看護師として就職したらまた違う悩みやつらさが出てくるはずです。でもその時には私じゃない誰かがまた現れる。人は必要な時に必要な人が現れるものです」
佐藤さん以外の人にも頼れるように
弥生さんは今、佐藤さんが管理する訪問看護ステーションでもアルバイトを始めている。
「元いた人が体調不良で辞めてしまって、『助けてほしい』と言ってくれたんです。他にもバイトを二つしているのでトリプルワークになってしまうのですが、忙しくして暇を作らない作戦です」
こうしているうちに、なんとなく生活リズムがついてきた。
「今でも考えすぎると落ち込むし、『やっぱりママに会いたい』と思う時もあるんです。私は何してるんだろうと思うことも今でも全然ある。でもそうなった時に、あ、佐藤さんがいるものな、私には、と思えるようになったのは大きいと思います」
佐藤さんへの依存が強くなったら、それはそれでまた大変なことになるのではないか?そんな意地悪な質問をすると、佐藤さんはこう答える。
「確かに私に依存しているところはあると思います。でもそのことを彼女自身、気づいているんですよ。私も今忙しくて、彼女に向き合えない時間も出てきたんです。私以外の3人の看護師を関わらせようと思って言えないでいたら、彼女の方から『佐藤さん以外の看護師さんにもサポートしてもらいたい』と言ってきた。感動しました」
弥生さんは「私も佐藤さんの助けになることがしたいなと思ったんです。仕事を助けたい気持ちもあるけれど、利用者として助けてもらってばかりだから、その負担を一つ減らしたいと思いました。違う看護師さんにもつながることによって、佐藤さんにかかっている負担を分散できたら、少しでも楽になるんじゃないかって」
「毎日つけている日記を見返すと、最初は佐藤さんに頼っていいか悩んで、そのうち頼れるようになって、今は他の人にも頼れるようにしようとしている。それがステップアップかどうかは自分ではわからないのですが、そういうことを話すと、佐藤さんは『成長してるやん』と言ってくれる。そういうフィードバックを聞くことで、少しずつ自信をつけていっている感じですね」
佐藤さんもこう話す。
「薬に依存している人は、いったん人への依存に変えてもいいかなと私は思っているんです。でも一人への依存は良くないので、依存先をいっぱい増やすことで生きやすくなればいい。薬しか依存できなかった時に比べたら、ちょっと健全になっていますよね。一般の人だって、みんな何かに依存しているし、人にも依存している。彼女の場合はつらい事件に遭って、人を信じられなくなっている部分もあると思います。だけど、世の中悪い奴もいるけれど、いい奴もいっぱいいる。これからいい人にいっぱい会って、いろんな人を信じて頼れるようになってほしいなと思いますね」
佐藤さんに贈る手紙
二人のインタビューの最後に、弥生さんは佐藤さんに書いてきたという手紙を渡していた。
「良かったら、読んでもらえませんか?」とお願いすると、読みあげてくれた。
「今月もたくさん助けてくれて感謝しています。いつか一緒に働きたいって目標が想像よりも早く叶って、仕事できていることがとても嬉しいです。
あと今月の感動はやっぱり誕生日のケーキかな。手作りなのも、ろうそくつけて持ってきてくれるのも、そこには愛があって本当に幸せだなと思った。薬を預けた時も、褒めてくれて抱きしめてくれてありがとう。人の温もりに触れるってしばらくなかったけど、パワーもらえて嬉しかったよ。
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佐藤さんの助けに少しでもなりたいし、『弥生ちゃんがいてよかった』って思ってもらえるように頑張りたい。佐藤さんは『覚悟決めてる』っていつも言ってくれるよね。私はその言葉が大好きなの。それと同時に、覚悟を決めきれてないのは私の方で、たくさんの優しさや愛をもらってるのにって思ってた。今でも全部嫌になるし、辞めたくなるし。
だけど、どんな時にも絶対に手を離さずに支えてくれる佐藤さんがいる。出会って3ヶ月だとは思えない濃い時間だったよね。ここまで待ってくれてありがとう。
4月から復学しようと思うよ。前にも言ったけど、学校に行けなかったら付き添ってほしいし、実習中は助けてほしいし、勉強事務所でさせてほしいかもだし、何も1人でできないと思うけど、人に頼る大切さを教えてもらったから、卒業まで濃い関わりをしてほしいし、たくさん甘えて頼ってもいいかな?仕事増やしてしまってごめんね。これから先もずっと一緒に歩んでほしいです」

佐藤さんは、弥生さんが手紙を読んでくれている間、ずっと涙を流していた。
「すごい覚悟ですよね。もう一歩踏み出したら進むしかないね。ほんとに嬉しい。患者さんからもらって一番嬉しいものはお手紙です。泣いちゃいますね」
依存症の看護で必要なことは「知識と愛情」
正直、ここまで一人の患者さんに全力投球な看護師さんはなかなか見ない。ましてや依存症だと、精神科の医師や看護師でも患者にネガティブな感情を抱く人は多い。佐藤さんは依存症の看護で必要なことは何だと考えているのだろうか?
「知識と愛情でしょうね。依存症という病気への理解がなければ、患者さんから依存対象をすぐ取り上げてしまうし、時間がかかって気持ちに波があることにもイラついてしまう。依存症はみないという医師や看護師もいます。依存症を診ていない医師に聞いたら、『コスパ悪い』って言っていました。医療ってコスパとかの問題じゃない。その医者終わってるなと思いました。薬で治る病気じゃないのに。依存症は人間の力で治っていくと思うんです」
依存症の人がだらしないとか、意思が弱いと決めつけるのは、愛情がないからだと佐藤さんは言う。
「私は、単純に人に対して愛があるかないかだと思います。人間に対して愛がないと、その人のことを決めつけてしまう。病気に対する正しい理解と愛情があれば、自分がやるべきことは自然にわかると思っています」
そんな佐藤さんに見守られながら、弥生さんは4月から看護師を目指してまた学び出した。精神的な波は今もある。でも、信頼できる人に支えられながら、また頑張ってみようと思える自分がいる。
(終わり)
