摂食障害をテーマにした小説を書いた桜井美奈さん「病気だから窃盗をしてしまうのが許されるわけではない」
7月に新刊『盗んで食べて吐いても』(小学館)を刊行した小説家の桜井美奈さん。この作品は摂食障害と窃盗症の当事者になった女性を描いた物語。摂食障害や窃盗症も依存症の一種だ。桜井美奈さんにインタビューを行った。

公開日:2025/08/08 02:00
『殺した夫が帰ってきました』に続き『塀の中の美容室』もドラマ化され、人気絶頂中の小説家、桜井美奈さん。摂食障害や窃盗症については詳しく知らなかったという桜井さんだが、新刊『盗んで食べて吐いても』(小学館)を執筆したきっかけや経緯を聞いた。

当事者が傷つかないよう配慮して書いた作品
――なぜ摂食障害や窃盗症をテーマにした作品を書こうと思ったのですか?
フィギュアスケートを見るのが好きだったので、最初はスケートの作品を書こうと思っていました。オリンピックにも出場したフィギュアスケーターの鈴木明子さんは摂食障害の過去があります。それで、担当編集者さんに相談しているうちに摂食障害で書こうということになりました。最終的にはスケーターは出てこない形になっています。
――強烈なタイトルですが、他に案はありましたか?
最初はまったく違うタイトルでした。『私の中の欠けているもの』というタイトルを考えていて、欠けているお皿とかけて、自分の足りない部分という意味でした。しかし担当編集さんに分かりづらいと指摘され、いろいろな案を出しても決まらず、最終的にAIを使ってタイトル案を出してもらいました。それを5〜6回繰り返し、気に入ったものをブラッシュアップさせ、担当編集者さんと一緒に選んで決めました。
――依存症を扱う点で一番意識した点は何ですか?
自分は依存症の当事者ではなく、周りに依存症の人がいるわけでもありません。だから、当事者の人が傷つくようなことがあってはいけないなと思いました。完全な配慮は難しいのですが、できる限りの配慮はしたいと考えました。また、間違ったことは書かないようにしたいと思ったのですが、私は医療関係者ではないのでどこまでできたのかはわかりません。出版された今も不安です。でも、依存症に詳しい小説家の鈴木輝一郎先生に感想をいただき、著しくおかしくはなかったとわかってほっとしました。
依存症は本人の意思ではどうにもならない 病気
――参考文献も多く読まれていますよね。執筆前と執筆後で摂食障害や依存症に対する考えからは変わりましたか?
摂食障害についてはもともと一般的なレベルの知識はあったので、大きく考えが変わることはありませんでした。でも、窃盗症についてはほぼ知らない状態だったので、本人の意思ではどうにもならない部分があることがわかりました。
――窃盗をした瞬間の描写がないのがリアルだと思いました。
そのあたりは窃盗症の人たちの体験談を読んだのですが、実際に窃盗の瞬間が描かれているシーンがあまりありませんでした。小説はフィクションですが、リアルにあるものを使う場合は不安要素になります。書かなくても伝わる部分と、書かないから伝わる部分があり、カメラの切り替えのようなものだと思っています。

――摂食障害で窃盗症の主人公の性格が真面目と書かれていたのが印象的でした。そのあたりも依存症当事者の性格の傾向を調べて書いたのでしょうか?
これには理由が2つあります。一つは知っている摂食障害の人の印象が比較的真面目だったということ。もう1つは小説的な話で、読者が極力不快にならないような主人公にしようと思いました。窃盗をしている時点で非難されて当然ですが、それだけだと困るので同情してしまう要素として、真面目な人だけどなぜか窃盗をしてしまうという描き方をしたいと思ったからです。
――病気だから窃盗をしてしまう、でもそれは犯罪で許されることではないときちんと描かれていますよね。
そう読んでいただけるとうれしいです。書店員さんからの感想では、書店は万引きが多いので許しがたいものだという意見がありました。立場によって当然感じ方は違うと思います。主人公がドラッグストアで働くようになり、本人も許せるものではないとわかりつつも窃盗を続けてしまうのは病気であるがゆえなのだろうと思います。
――今回の作品を通して社会に伝えたいことはありますか?
難しい質問です。私がいつも書きながら思うのは、三角錐や四角錐のイメージで、見る角度によって形が変わるということです。小説では人の一面だけでなく、角度によって変わる違う部分を見せたいと思っています。真面目な人でも窃盗する悪いところもあり、弱いところもあれば強いところもあるという多面性を伝えたいです。
【桜井美奈】
2013年、第19回電撃小説大賞で大賞を受賞した『きじかくしの庭』でデビュー。他の著書に『嘘が見える僕は、素直な君に恋をした』『塀の中の美容室』『殺した夫が帰ってきました』『相続人はいっしょに暮らしてください』『私、死体と結婚します』『眼鏡屋 視鮮堂 優しい目の君に』『復讐の準備が整いました』などがある。